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balancer が組換えをほぼ完全に押さえることの本当の理由は?


Date: Wed, 5 Jul 95 09:44:28 JST
From: Motojiro YOSHIHARA(KoudoSeiri)
Subject: [Jfly] balancer

染色体に詳しい諸先輩方

群馬大の吉原です。

上村さんの質問に触発されて、以前からずっと気になっていることを質問させて
いただきます。こんなことも知らないで遺伝学をやっていたのかと馬鹿にされてしまう
かもしれませんが、「相手にして」いただけるよう切にお願いします。「さすがは
吉原さん」とは上村さんと違って言ってもらえないでしょうから。

balancerが組換えをほぼ完全に押さえることの本当の理由を教えていただけないでしょ
うか?

クローの遺伝学概説などに出ている、「逆位のところで組換えがおこると生きられない」
という説明では、逆位部分での二重組換えはおこることになってしまいます。私は勝手に
「多糸染色体でない減数分裂時の細胞においては対合自体がおこらないのでは」と思った
りもしているのですが。balancerが存在するとき、synaptonemal complexなどはどうな
っているのでしょうか?

数名の諸先輩方に質問してみたのですが、意外と私意外の方もご存じないことが解りまし
た。山本雅敏先生はじめ、染色体のご専門の方に簡単なご説明and/or参考文献を教えて
いただけたら幸いです。恥を忍んでご質問させて頂きます。

群馬大学医学部行動生理 吉原基二郎  (誤字、意外でなく以外でした)

====================================
Date: Wed, 5 Jul 1995 16:11:02 +0900
From: Yoshiaki FUYAMA
Subject: [Jfly] balancer

On Wed, 5 Jul 95 09:44:28 JST Motojiro YOSHIHARA(KoudoSeiri) said:

>balancerが組換えをほぼ完全に押さえることの本当の理由を教えていただけない
でし
>ょ
>うか?

染色体は専門ではありませんが、半分ぐらいはわかります。

>クローの遺伝学概説などに出ている、「逆位のところで組換えがおこると生きら
れな
>い」
>という説明では、逆位部分での二重組換えはおこることになってしまいます。私
は勝

組換えがおこると生きられないというのは、完全には正しくありません。

偏動原体逆位の場合、逆位内で交叉がおこると動原体のない染色体と動原
体を2個持つ染色体ができるのですが、これらは極体に捨てられてしまう
ために、結果として組換え体は出現しません。交叉が起きても卵核は正常
ですから、生きられないということはありません。実際、減数分裂の際に
このような異常染色体の出現が観察されていますので、この機構による組
換えの抑制があることは間違いないと思います。

挟動原体逆位の場合は、交叉が起こると、部分的な異数性が生ずることか
ら、受精後に胚が死亡することになります。

バランサーの場合、2種類の逆位が複雑に組合わさっていますので、交叉
の結果がどうなるかはややこしく、頭の中がスパゲッティーみたいになる
ので考えない方が健康によろしいかと...:-)

いずれの逆位の場合も、二重組換え体は出現します。バランサーの場合、
このような組換え体が少ないものほど、良質なバランサーということにな
る訳で、先人たちが苦労されてきました。その結果、現在のように多種類
のバランサーが開発されているのですが、それでも、完璧といえるものは
存在しません。実際、複数の染色体に同時にバランサーを乗せると、かな
りの頻度で組換え体が出現します。しかし、多くの交配実験では、組換え
を検出できるようになっておらず、バランサーが完全に組換えを抑えてく
れるという信頼関係にもとづいています。でも、バランサーを疑いだすと
交配が大変ややこしくなり、これまた健康にはよろしくないかと思います。  

>「多糸染色体でない減数分裂時の細胞においては対合自体がおこらないのでは」
と思
>った
>りもしているのですが。balancerが存在するとき、synaptonemal c
o
> mplexなどはどうな
>っているのでしょうか?

SCがどうなっているかはわかりません。ショウジョウバエのバランサー
ヘテロのSCを見た人はいないんじゃないでしょうか。バッタの逆位の
SCは見たような記憶がありますが(自信全く無し)。

上に書いたように、逆位内の交叉が染色体の異常を引き起こし、その結果
として見かけ上組換えが抑制されるというメカニズムが関係することはま
ちがいないですが、これでは逆位の切断点近傍(逆位の内外)で組換えが
抑制されるという、古くから知られている事実を説明できません。また、
ある染色体腕で組換えを抑制すると、他の腕で組換えが増加するいう変な
現象なども単純なメカニカルな機構では説明つきません。バランサーが組
換えを抑制する仕組みは、おそらくもっと複雑であろうと想像しますが、
私の手には負えません。

>山本さん、出番ですよー。

---
布 山 喜 章 : 東京都立大学理学部生物学教室
Yoshiaki FUYAMA :Dept. of Biology, Tokyo Metropolitan Univ.
e-mail : fuyama-yoshiakiアットマークc.metro-u.ac.jp

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Date: Fri, 7 Jul 1995 10:01:30 +0900
From: yamamotoアットマークipc.kit.ac.jp (M. Toshi YAMAMOTO)
Subject: [Jfly] balancer

吉原様

balancerが組換えをほぼ完全に押さえることの本当の理由を教えていただけないでしょ
うか?
==
本当の理由ということになると少したじろぎますが,次のことを参考にしてみてくだ
さい.

クローの遺伝学概説などに出ている、「逆位のところで組換えがおこると生きられない」
という説明では、逆位部分での二重組換えはおこることになってしまいます。
==
起こります.でもその頻度は極端に少なくなっています.
一つの逆位でここまで下がれば,複数の逆位だと,ほぼ完全に組換えは起こりません.
これがBalancerとして用いられる理由です.従って,時々見かける失敗例に,Balanc
erとBalancerに使用されている逆位とをヘテロにしてストックとして維持していると
思っている研究者の方を見かけることがありますが,それはとてつもない誤りを犯し
ていることになります.なぜなら,逆位同士を組み合わせると染色体間では全く相同
な染色体構成ということになり,組換えが多発するようになるからです.


私は勝手に「多糸染色体でない減数分裂時の細胞においては対合自体がおこらないの
では」と思ったりもしているのですが。balancerが存在するとき、synaptonemal co
mplexなどはどうなっているのでしょうか?
==
組換えが起こりますから対合は起こっているはずです.ただ,Balancerとヘテロな雌
でのSCの研究例は知りません.他の生物のそれらから推論すると形成されているので
はないかと思いますが.


数名の諸先輩方に質問してみたのですが、意外と私意外の方もご存じないことが解りまし
た。山本雅敏先生はじめ、染色体のご専門の方に簡単なご説明and/or参考文献を教えて
いただけたら幸いです。恥を忍んでご質問させて頂きます。
==
よくある質問の一つです.染色体メカニックスの続編を書けとの励ましをよく頂くの
ですが,それらの内容を考える参考にさせていただくため,また教えてください.
ご存じかもしれませんが,文献を一つお知らせします.

Sturtevant AH GW Beadle, The relations of inversions in the x chromosome of
Drosophila melanogaster to crossing over and disjunction. Genetics
21:554-604,1936