Jfly ディスカッション


Discussion Menu | Jfly Japanese Home Page | Jfly English Home Page

断髪 (bobbed) 遺伝子と高校での遺伝学教育


Date: Mon, 28 Sep 1998 20:43:24 +0900
From: Tomaru Masatoshi
Subject: [Jfly] bobbed on the Y chromosome


都丸@筑波大学・生物です。


bobbed(bb)について

「X染色体上の断髪遺伝子をY染色体上の遺伝子が
抑える」と言っていいのでしょうか。

事の発端:
私の担当した学生実験のレポートで、断髪は、
限性遺伝(限雌性遺伝)と断り、かつ、伴性遺伝とは
別の現象である旨書いてきた学生さんがいたのです。
で、「」の中のように説明し、このような遺伝は
ヒトでは知られていない、とも書いているのです。

断髪遺伝子は、この場合は、bbを指すのだと思います。
そうすると、抑制とは言えないと思うのですが、
いかがでしょうか。

赤本には、Ybb-をもつC(1)RMのストックでは、
bbの表現型をsuppressするmodifierが蓄積すると
書いてあります(p. 69)。しかし、これはYに
限らない(というかY以外であろう)と思うので
(原典(Marcus et al. 1986)にあたっておらず、
すみません)、また、このような細かなことは
彼女らの調べた本では、きっと考慮していない
だろうと推定し、彼女らの書いた「抑える」との
言葉が不適切ととりあえずは判断しました。

まとめますと、
1.「抑える」は適切でしょうか。
2.このような遺伝現象を「限性遺伝」として、
  X連鎖の普通の「伴性遺伝」と対比させて
  取り上げるのは適切でしょうか。

ご指導助言をお願いします。


※ 彼女らのレポートにある参考文献

学生1:太田次郎、丸山工作 編「高等学校 生物IB」
    (株)新興出版社啓林館 (<- 高校の教科書)

    監修 田中隆荘、田村道夫、田中昭男「総合図説 生物」
    教育図書出版 第一学習社 (<- 高校の副読本?)

    森脇大五郎 編「ショウジョウバエの遺伝実習−分類・
    形態・基礎的実験法」(株)培風館
    (<- これはシロ。Xのbb-に対し、Yに野生遺伝子bb+が
    あるためと説明。また、「限性」は使っていない)

    大倉興司 著「人類遺伝学入門」(株)医学書院


学生2:山口彦之 「大学の生物 遺伝学」 

    E. J. DuPraw 著、田中信徳、黒岩常祥、渡部 真 共訳
    「DNAと染色体」

    篠遠喜一 柳沢嘉一郎「遺伝学」

--
都丸 雅敏(筑波大学 生物科学系)
tomaruアットマークBIOL.tsukuba.ac.jp
305-8572 茨城県つくば市天王台1-1-1
電話 (0298)53-4909,ファクス (0298)53-6614


====================================
Date: Tue, 29 Sep 1998 10:44:58 +0900
From: fuyama-yoshiakiアットマークc.metro-u.ac.jp (Yoshiaki FUYAMA)
Subject: [Jfly] bobbed on the Y chromosome

>「X染色体上の断髪遺伝子をY染色体上の遺伝子が
>抑える」と言っていいのでしょうか。
>
>事の発端:
>私の担当した学生実験のレポートで、断髪は、
>限性遺伝(限雌性遺伝)と断り、かつ、伴性遺伝とは
>別の現象である旨書いてきた学生さんがいたのです。
>で、「」の中のように説明し、このような遺伝は
>ヒトでは知られていない、とも書いているのです。
>
>断髪遺伝子は、この場合は、bbを指すのだと思います。
>そうすると、抑制とは言えないと思うのですが、
>いかがでしょうか。

「受験遺伝学」という特殊な分野で、このように教えられている
ようですね。他にも、「互助遺伝子」などという我々が耳にした
こすらないようなのも広く教えられているようです。

こういう意味のない用語を詰め込んで貴重なメモリーを浪費する
のは嘆かわしい限りです。それだけならまだしも、この例のよう
に、受験勉強で詰め込んだ知識で大学の授業を乗り切ろうとする
不届きな学生が後を絶たないのは困ったものです。彼らのメモリ
ーを一挙にクリアーする方法でもあればいいのですが。

高校の教科書を丹念にみているわけではありませんが、bbを「限
性遺伝」の例として取り上げている教科書や副読本があるようで、
以前、ある教科書会社がbbの写真が欲しいと言ってきて困ったこ
とがあります。プロでも識別が難しい表現型だから、写真にして
も区別はつかないと説明するのですが、なかなか納得しません。

結局、学生のアルバイトとして写真を撮ることにしたのですが、
もちろん使えるようなものが撮れるはずもなく、時間と金の無駄
でした(^^;)

>まとめますと、
>1.「抑える」は適切でしょうか。
>2.このような遺伝現象を「限性遺伝」として、
>  X連鎖の普通の「伴性遺伝」と対比させて
>  取り上げるのは適切でしょうか。

というわけで、私なら、高校(あるいは受験勉強)で覚えたこと
は忘れて、一から勉強するように言います。


--
布 山 喜 章 : 東京都立大学大学院理学研究科生物学教室
Yoshiaki FUYAMA : Dept. of Biology, Tokyo Metropolitan University
     e-mail : fuyama-yoshiakiアットマークc.metro-u.ac.jp


====================================
Date: Tue, 29 Sep 1998 21:01:24 +0900
From: "ITO, Kei"
Subject: [Jfly] bobbed on the Y chromosome

At 10:44 AM +0900 98.9.29, Yoshiaki FUYAMA wrote:

> >「X染色体上の断髪遺伝子をY染色体上の遺伝子が
> >抑える」と言っていいのでしょうか。
...
> 「受験遺伝学」という特殊な分野で、このように教えられている
> ようですね。他にも、「互助遺伝子」などという我々が耳にした
> こすらないようなのも広く教えられているようです。
...
> というわけで、私なら、高校(あるいは受験勉強)で覚えたこと
> は忘れて、一から勉強するように言います。

件の高校の教科書って、どういう方が書かれているのでしょう?教科書
の巻末には、必ず執筆者一覧が載っているはずですよね。Jfly の参加
者誰もが「よくわからん?!」というような内容が、ショウジョウバエ
の研究の代表例として堂々と高校で教えられているとしたら、それは大
変不幸な問題ではないかと思います。個々の学生に「昔のことは忘れろ」
と言うだけでは、あまり本質的解決になりません。執筆者もいずれどこ
かの大学などの遺伝学の研究者で、我々の同業者には違いないのだから、
その人たちに連絡を取って「こういう内容は不適当ですよ」と直接指摘
してあげるのも、我々「プロ集団」の努めかも知れません。自分たちが
よい研究をするだけでなく、それが世間に正しく広く伝えられるように
気を配るのも、私たちの仕事の一部でしょうから。もしこれが、個々の
執筆者レベルの判断でなく、文部省からの指示で教科書に取り上げるこ
とに決まっているのであれば、ショウジョウバエ研究会のような名前で
役所に申し入れをする必要も出てきますね。

手もとに高校の教科書をお持ちの方、いらっしゃいますか?

いとうK@物理なら予備校で教えたことがあるのですが。。。


====================================
Date: Tue, 29 Sep 1998 23:08:30 +0900 (JST)
From: motojiroアットマークakagi.sb.gunma-u.ac.jp (Moto Yoshihara)
Subject: [Jfly] bobbed on the Y chromosome


>件の高校の教科書って、どういう方が書かれているのでしょう?教科書
>の巻末には、必ず執筆者一覧が載っているはずですよね。Jfly の参加
>者誰もが「よくわからん?!」というような内容が、ショウジョウバエ
>の研究の代表例として堂々と高校で教えられているとしたら、それは大
>変不幸な問題ではないかと思います。個々の学生に「昔のことは忘れろ」
>と言うだけでは、あまり本質的解決になりません。執筆者もいずれどこ
>かの大学などの遺伝学の研究者で、我々の同業者には違いないのだから、
>その人たちに連絡を取って「こういう内容は不適当ですよ」と直接指摘
>してあげるのも、我々「プロ集団」の努めかも知れません。自分たちが
>よい研究をするだけでなく、それが世間に正しく広く伝えられるように
>気を配るのも、私たちの仕事の一部でしょうから。もしこれが、個々の
>執筆者レベルの判断でなく、文部省からの指示で教科書に取り上げるこ
>とに決まっているのであれば、ショウジョウバエ研究会のような名前で
>役所に申し入れをする必要も出てきますね。
>
>手もとに高校の教科書をお持ちの方、いらっしゃいますか?
>

群馬大学の吉原です。

 この件に関して、私は以前からずっと言いたくてしょうがないことがあるので、一
言発言させていただきます。問題は、高校教育において「古典遺伝学と分子遺伝学が
うまく関係づけられていない」ということにつきると思います。
 我々が高校生のころはまだ遺伝子クローニングが一般化していないころで、そのこ
ろの教科書の構成は、まずはメンデルの三法則から始まります。それから両性雑種の
話になり、そこで遺伝子の相互作用の話になります。これがひどくて、ニワトリとさ
かのバラカンマメカンクルミカン、なずなのうちわ型やり型などがでてきてしこたま
計算をさせられる。このへんで大抵の学生は嫌になるわけです。そのあと染色体の話
がでてきて組み替え、遺伝子地図(勿論しょうじょうばえが出てきます)の話をやっ
てまたしこたま計算問題がでて一応終結する。その後付け足しとして、「遺伝子の本
体はDNAなんですよ」と二重らせんが出てくる。しかもそのあたりで、歴史的位置
づけなしには教える意味のない"one gene one enzyme hypothesis"なんかが突発的に
虚しくおざなりに登場する。要するに、その前の古典遺伝学の知識と、DNAがどうむ
すびつくかわからないように教科書が書かれていたんです。
 これにずっといきどおりを感じていたのですが、今の教科書をうちの研究室のtech
nicianの人にみせてもらってあっと驚き、20年たった今もほとんど構成が変わってい
ないのです。これはわれわれ遺伝学者の怠慢としか言いようがありません。
 上のバラカンマメカンクルミカンも"one gene one enzyme hypothesis"も遺伝学研
究の歴史上重要な事項であることは間違いありませんが、多分メンデルの発見があま
りに洞察に富む劇的なものだったからでしょう、メンデルからはじまる歴史的経緯に
ふりまわされて本質をつかみにくい教科書になってしまっているのです。そのため、
きちんと教えたら非常に簡単に教えられることなのにもかかわらず、一般に遺伝子の
ことが正確に理解されていないのではないかと思います(DNAの構造やクローニン
グのことはみんなしっていますが;[余談]4才の息子が見ているメガレンジャーに
も二重らせんがでてきて驚いた)。そのため世の中に嘘がまかりとおることになりま
す。NHKの「生命」なんかでも平気で塩基対レベルの変異とlocusレベルでの変異を混
同してうそを言ってたし、立花隆が全くの無知から国民を惑わす嘘の啓蒙記事を書い
てたりしました。特に立花隆の話はクローン人間に関する全くゆゆしき誤解だったの
で、伊藤さんのおっしゃるとおり、特に重要な社会問題に関することに対しては、我
々が正確な知識を提供していく責任があると思い、抗議の手紙を書いたりしました。
 昔貧困な院生時代に、某大手予備校の採点の仕事で食いつないでいたことがありま
すが、そのときもrepressorタンパクとsuppressor mutationを全く混同しているため
に解けない問題が平気で出てました。そのことを出題者に説明しても全く理解できな
い模様でした。想像するに、このJFLYをみてる大学院生諸君のなかにも「優性」とい
う概念を本質的には理解していない(勿論教科書的理解という意味ではありません)
人もいるんじゃないでしょうか?
 解決策としては、やはりDNAありきというところから初めて、遺伝子発現のことを
説明し、productのことを具体的に示しながら、掛け合わせたときにどうなるという
話をして、メンデルの3法則を説明するのがいちばんよいと思っています。私も大学
に入ったばかりの学生に遺伝学の講義をするときにこの「古典遺伝学を分子的に理解
すること」を主眼にして話しているのですが、そうすると、難しいことは言わなくて
も平易な説明でわかってくれますし、おもしろがってもくれます。諸先輩方で高校の
教科書を書かれる方がいらっしゃったら、是非そこのところを変えていただきますよ
うお願い申しあげます(勿論私も機会あればやる用意はあります)。

甚だ僭越ではありますが、いつか言いたいことだったので一言言わせていただきまし
た。諸先生方のご批判などいただけたら幸いです。


Motojiro Yoshihara, Ph.D.
Institute for Behavioral Sciences
Gunma University School of Medicine
Showa-machi, Maebashi, 371-8511 Japan


====================================
Date: Wed, 30 Sep 1998 03:26:48 +0900 (JST)
From: motojiroアットマークakagi.sb.gunma-u.ac.jp (Moto Yoshihara)
Subject: [Jfly] bobbed on the Y chromosome


>bobbed(bb)について
>
>「X染色体上の断髪遺伝子をY染色体上の遺伝子が
>抑える」と言っていいのでしょうか。
>
>事の発端:
>私の担当した学生実験のレポートで、断髪は、
>限性遺伝(限雌性遺伝)と断り、かつ、伴性遺伝とは
>別の現象である旨書いてきた学生さんがいたのです。
>で、「」の中のように説明し、このような遺伝は
>ヒトでは知られていない、とも書いているのです。
>
>断髪遺伝子は、この場合は、bbを指すのだと思います。
>そうすると、抑制とは言えないと思うのですが、
>いかがでしょうか。
>
>赤本には、Ybb-をもつC(1)RMのストックでは、
>bbの表現型をsuppressするmodifierが蓄積すると
>書いてあります(p. 69)。しかし、これはYに
>限らない(というかY以外であろう)と思うので
>(原典(Marcus et al. 1986)にあたっておらず、
>すみません)、また、このような細かなことは
>彼女らの調べた本では、きっと考慮していない
>だろうと推定し、彼女らの書いた「抑える」との
>言葉が不適切ととりあえずは判断しました。
>
>まとめますと、
>1.「抑える」は適切でしょうか。
>2.このような遺伝現象を「限性遺伝」として、
>  X連鎖の普通の「伴性遺伝」と対比させて
>  取り上げるのは適切でしょうか。
>
>ご指導助言をお願いします。


群馬大の吉原より追伸です。

肝心の都丸さんへの回答は、「マル」です。

 bb locusはXだけでなくY染色体にも存在しお互いにcomplementする関係なので、
古典遺伝学の用語に依れば、Y染色体のbb[+]はX染色体のbbをまさに「抑制(suppr
ess)」します。よって、このような遺伝子の組み合わせの場合、bb突然変異の表現
型はメスにしか現れないことになりますので、このような遺伝はまさしく、限性(se
x-limited)遺伝とdefineされています。高校の参考書などに、「Y or W-linked=限
性遺伝」とかいてあるものもありますので混乱を招いたものと思われますが、これは
もともとの「いずれか一方の性にのみ現れる」という定義を狭義に誤解したものと考
えられます。もっとも、伴性遺伝、限性遺伝、従性遺伝の定義自体があまりいい定義
とはいえないと思いますので、David Suzukiらの教科書にもそのような古い言い方は
使用されていません。
 「ヒトで知られていないか」については私は存じませんが、その他は全く正しい記
述です。正当な古典遺伝学(念の為申し添えますが、「古典遺伝学」のさすところは
過去の死んだ学問という意味ではありません)に基づいて正しく議論しており、この
レポートに関して、高校の教科書や参考書になんらの非はありません。むしろ、今回
のJFLYでの議論こそが、私の危惧する現象を露呈しているのです。この学生は珍しく
非常によく勉強して正しく理解していると考えられますので、どうぞ、悪い評価を下
してdiscourageすることのないようお願いします。そういう学生は実際に分子レベル
でどうなっているのか説明してあげたらさらに興味を持って「遺伝の実験やってみた
い」なんて言いますよ。

Motojiro Yoshihara, Ph.D.
Institute for Behavioral Sciences
Gunma University School of Medicine
Showa-machi, Maebashi, 371-8511 Japan


====================================
Date: Wed, 30 Sep 1998 17:28:19 +0900
From: Tomokazu Ohshiro
Subject: [Jfly] bobbed on the Y chromosome


>2.このような遺伝現象を「限性遺伝」として、
>  X連鎖の普通の「伴性遺伝」と対比させて
>  取り上げるのは適切でしょうか。

bb の現象だけ説明されて、その遺伝様式の名前を覚えさせるようなとりあげ方
であれば学生さんにとってあまり意味のあることとは思えません。
ハエや人では性染色体にはX とY の二種類があり、遺伝子によってはX とY 両
方に存在したりすることもあるということをまずはっきり説明して(結局ここ
が一番重要とおもいますが)、それを踏まえてbb 遺伝子座の話をされるなら
ば学生さんもきっとよくわかると思います。


でもそもそもbb が性染色体に連鎖しているのは別に本質的に重要な事ではないよ
うですし(D.melanogaster に近縁のD.ananassae では bbに相当する遺伝子座は
Y染色体と、常染色体である4番染色体にのっている)、限性遺伝の実例が
D.melanogasterのbb 遺伝子座しかないのであれば、わざわざ「限性遺伝」と名前
をつけて、遺伝形式の一例として紹介するのもあまり意味があることとは思えま
せん。多分Drosophila 種のbb 遺伝子座にのみ見られる例外的な現象でしょうか
ら。

でも私達のようにハエを身近に扱っている者にとっては、この一見不思議な現象
や性染色体の不分離等から先人達がハエを用いて遺伝子の染色体説を確立してき
たというのは非常に感銘深いものがありますねえ。

大城


====================================
Date: Wed, 30 Sep 1998 17:42:45 +0900
From: Tomaru Masatoshi
Subject: [Jfly] bobbed on the Y chromosome

都丸@筑波大・生物です。
いろいろありがとうございます。

> >1.「抑える」は適切でしょうか。
> >2.このような遺伝現象を「限性遺伝」として、
> >  X連鎖の普通の「伴性遺伝」と対比させて
> >  取り上げるのは適切でしょうか。

> 群馬大の吉原より追伸です。
引用の順序を入れ替えました。

> 肝心の都丸さんへの回答は、「マル」です。
>  bb locusはXだけでなくY染色体にも存在しお互いにcomplementする関係なので、
> 古典遺伝学の用語に依れば、Y染色体のbb[+]はX染色体のbbをまさに「抑制(suppr
> ess)」します。

>  「ヒトで知られていないか」については私は存じませんが、その他は全く正しい記
> 述です。正当な古典遺伝学(念の為申し添えますが、「古典遺伝学」のさすところは
> 過去の死んだ学問という意味ではありません)に基づいて正しく議論しており、この
> レポートに関して、高校の教科書や参考書になんらの非はありません。むしろ、今回

このあたりの解釈に不安があったのです。
吉原さんの説明では、X染色体上のbbとY染色体上のbbは、
同一遺伝子座ではないとしている、と読み取れました。
したがって、同一遺伝子座の対立遺伝子ではないことになります。
それなら、たしかに、定義から言って「抑制」とできますね。

では、果たしてX染色体上のbbとY染色体上のbbは、異なる
遺伝子座(locus)にあるのでしょうか。
さらに、この問いは、意味があるのでしょうか(遺伝学にとって、
とか、教育上とか)。
DNA配列レベルで異なるのは、根拠にならない(異なるalleleとの
根拠にはなるでしょう)ので、さて...
Y染色体の起源まで考えないとだめだとか、うーむ。
# 文字に書いてみると、どちらでもいいような気がしないでもない。
# いずれにせよ rDNAなわけですし


とりあえず、原典。しかし、ドイツ語 X-<
Stern, C.
Uber die additive Wirkung multipler Allele.
Biol. Zentbl. 1929 49:261--290

これ(↓)も参考になりそうですが、ドイツ語。
Stern, C.
Ein genetischer und zytologischer Beweis fur Vererbung
im Y-Chromosom von Drosophila melanogaster.
Z. indukt. Abstamm.- u. VerebLehre 1927 44:187--231


「ショウジョウバエの遺伝実習」(森脇大五郎 編 培風館 1979)には、
「C. Stern(1929)の周到な研究によってbbに関してはX、Yに
相同遺伝子座があることが証明された」とあります。
^^^^

いま、flybaseで調べたら、
(http://shigen.lab.nig.ac.jp:7081/.bin/fbrefdq.html?FBrf0001800)
「In D. melanogaster
there are two such loci, one, bb, in the heterochromatin of the X
chromosome, the other, Ybb, on the YS chromosome arm. The rRNA
encoding genes form large tandem arrays at both loci, and mutant
phenotypes result from complete or partial loss of these. Ritossa, Atwood
and Spiegelman (FBrf0017870) suggested the bb mutant phenotypes result
from reduced protein synthesis.」
とあり、
二つの遺伝子座 two loci という表現になっています。


> もともとの「いずれか一方の性にのみ現れる」という定義を狭義に誤解したものと考
> えられます。もっとも、伴性遺伝、限性遺伝、従性遺伝の定義自体があまりいい定義
> とはいえないと思いますので、David Suzukiらの教科書にもそのような古い言い方は
> 使用されていません。
少なくとも、「限性」の扱いはよろしくない、と。

> のJFLYでの議論こそが、私の危惧する現象を露呈しているのです。
布山さん(Message-Id: <199809290141.KAA67304アットマークcomp.metro-u.ac.jp>)
が、高校の副読本に批判的なのは、「限性遺伝」の例として、
特別に取り上げているところだと思うのですが、違いますか>布山さん

> この学生は珍しく
> 非常によく勉強して正しく理解していると考えられますので、どうぞ、悪い評価を下
> してdiscourageすることのないようお願いします。そういう学生は実際に分子レベル
> でどうなっているのか説明してあげたらさらに興味を持って「遺伝の実験やってみた
> い」なんて言いますよ。
悪い評価にするつもりはありません :-)
折角なので、よくないところを指摘出来たら、と思った次第です。

前のメイルでは、書きませんでしたが、このレポートは、
第一学群自然学類対象の生物学実験の受講者のものです。
普通の学部制の大学の用語に置き換えれば、この学生実験は、
生物を専攻としていない理学部の学生のための生物学実験で、
教職のために取る学生もいます(はず)。
ほとんど1年生で、断髪のレポートを書いた二人も、1年です。
高校のときの知識がまだ残って(!)いる時期ですが、
二人とも高校のとき生物を履修していなかった可能性も
あります(一人は教科書を持っているようですが)。

唾腺染色体の観察の後に出した課題のうちの一つとして、
「ショウジョウバエとヒトの異なるところと等しいところについて、
染色体と遺伝子のそれぞれのレベルに着目して述べよ。」
と、何でも書けるようにと思って、出題しました。
# まさか、自分がこれほど悩むとは ;-)

送信しようと思ったら、メイルが...
> From: Tomokazu Ohshiro
...
> でも私達のようにハエを身近に扱っている者にとっては、この一見不思議な現象や性
> 染色体の不分離
> 等から先人達がハエを用いて遺伝子の染色体説を確立してきたというのは非常に感銘
> 深いものがありますねえ。
>
> 大城

まさにそうですね。専門の学生だったら、そういう話も出来て、
楽しいのではないか、と思います。しかし、高校の先生に
なるかもしれない非専門の学生さんには、
「限性−>断髪」と連想されたくない気もします。

--
都丸 雅敏(筑波大学 生物科学系)
tomaruアットマークBIOL.tsukuba.ac.jp
305-8572 茨城県つくば市天王台1-1-1
電話 (0298)53-4909,ファクス (0298)53-6614


====================================
Date: Wed, 30 Sep 1998 18:27:15 +0900
From: fuyama-yoshiakiアットマークc.metro-u.ac.jp (Yoshiaki FUYAMA)
Subject: [Jfly] bobbed on the Y chromosome

>件の高校の教科書って、どういう方が書かれているのでしょう?教科書
>の巻末には、必ず執筆者一覧が載っているはずですよね。Jfly の参加
>者誰もが「よくわからん?!」というような内容が、ショウジョウバエ
>の研究の代表例として堂々と高校で教えられているとしたら、それは大
>変不幸な問題ではないかと思います。個々の学生に「昔のことは忘れろ」
>と言うだけでは、あまり本質的解決になりません。執筆者もいずれどこ
>かの大学などの遺伝学の研究者で、我々の同業者には違いないのだから、
>その人たちに連絡を取って「こういう内容は不適当ですよ」と直接指摘
>してあげるのも、我々「プロ集団」の努めかも知れません。
>
>手もとに高校の教科書をお持ちの方、いらっしゃいますか?

手元にあった何冊かの教科書をみてみましたが、限性遺伝について触れて
いるものはありませんでした。教科書は、文部省の検定を受けているだけ
に、記述された範囲では、致命的といえるような間違いはないと思います。
ただし、内容はどこのものもほとんど同じで、面白くもなんともありませ
んが。。。

で、問題の一つは、副読本や受験参考書にあると思います。教科書に比べ
ると、内容はきわめて豊富ですが、同時に、誤りも多いようです。以前、
某社の副読本の遺伝のところを見てくれといわれたので、ショウジョウバ
エに関する間違いをたくさん指摘してやったら、びっくりして、次回の改
訂のときに直しますと言っていたのですが、それっきりなしのつぶてです。
多分、何も変わっていないでしょうね。

こういう参考書の類は、専門家の目を通すこともなく、他の類似の参考書
などから安易に孫引きしていると思われるケースが目立ちます。何年か前
に、「血友病は女性では劣性致死である」と高校で教わった人が多いこと
を知り、なぜこんな誤解が広まったのか不思議に思い調べたところ、受験
参考書のほとんどのものにこのような記述がなされていることがわかり、
原因が判明しましたが、これは、安易な孫引きから伝染したものと推察し
ています。

もう一つの誤解の元と思われるものに、高校の教育現場に広まっている奇妙
な「伝説」の数々があります。中には、「F2というのは、F1を自殖して得
られる個体のことを言うので、ショウジョウバエの場合、F2とかF3と言う
のは間違いである」と、我々が肝をつぶすような言い伝えも、かなり広まっ
ているようです。こういうことを主張する先生は、どちらかというと熱心な
方が多いので、その影響力は甚大です。私の知り合いの高校の生物の先生な
どは、大学で、ショウジョウバエの専門家から遺伝学を教わったのに、ある
物知りの先生から間違いだと指摘され、改めましたといっていました(*_*)

こういったケースを挙げていくと、きりがないくらい出てきます。こういう
事態を改めていくには、現場で教育にあたっている先生方と専門家の交流を
広めるよう地道な努力が必要だと思います。幸い、インターネットのお蔭で、
このような交流の場が着実に増えているので、少しずつでも改善されていく
のではないかと期待しています。


布 山 喜 章 : 東京都立大学大学院理学研究科生物学教室
Yoshiaki FUYAMA : Dept. of Biology, Tokyo Metropolitan University
     e-mail : fuyama-yoshiakiアットマークc.metro-u.ac.jp


====================================
Date: Wed, 30 Sep 1998 19:11:26 +0900
From: fuyama-yoshiakiアットマークc.metro-u.ac.jp (Yoshiaki FUYAMA)
Subject: [Jfly] bobbed on the Y chromosome

At 03:26 09/30/98 +0900, Moto Yoshihara wrote:

>肝心の都丸さんへの回答は、「マル」です。
>
> bb locusはXだけでなくY染色体にも存在しお互いにcomplementする関係なので、
>古典遺伝学の用語に依れば、Y染色体のbb[+]はX染色体のbbをまさに「抑制(suppr
>ess)」します。よって、このような遺伝子の組み合わせの場合、bb突然変異の表現
>型はメスにしか現れないことになりますので、このような遺伝はまさしく、限性(se
>x-limited)遺伝とdefineされています。

これについては、私は吉原さんとは意見が異なりますが、結局、定義の問題に
行き着き、水掛け論になる可能性が大きいので、あまり深入りはしないことに
します。

私の都丸さんへのフォローは、「限性遺伝」と呼ぶことが間違いだという趣旨
からではありません。「○○遺伝」と名前が付けば、それで問題が解決したか
のように考える学生が多いこと、それは、受験勉強(受験産業といった方がい
いかも)の弊害が大きいことを言いたかったのです。

bbの場合、bb[+]がY染色体上にあるという特殊な事情を具体的に説明した方が
ずっとわかりやすく、おそらく、「なーんだ、こんな当たり前のことを仰々しく
限性遺伝などと説明していたのか」といったことになるのではないでしょうか。

>のJFLYでの議論こそが、私の危惧する現象を露呈しているのです。この学生は珍しく
>非常によく勉強して正しく理解していると考えられますので、どうぞ、悪い評価を下
>してdiscourageすることのないようお願いします。そういう学生は実際に分子レベル
>でどうなっているのか説明してあげたらさらに興味を持って「遺伝の実験やってみた
>い」なんて言いますよ。

吉原さんの「危惧される現象」というのはどういうことでしょうか? もう少し
具体的にお聞かせいただけるとありがたいのですが。

なお、吉原さんの別のの記事の趣旨に対しては、私はほとんど異存がありません。

--
布 山 喜 章 : 東京都立大学大学院理学研究科生物学教室
Yoshiaki FUYAMA : Dept. of Biology, Tokyo Metropolitan University
     e-mail : fuyama-yoshiakiアットマークc.metro-u.ac.jp


====================================
Date: Wed, 30 Sep 1998 19:32:34 +0900
From: Tomaru Masatoshi
Subject: [Jfly] bobbed on the Y chromosome


都丸@筑波大・生物です。

> From: fuyama-yoshiakiアットマークc.metro-u.ac.jp (Yoshiaki FUYAMA)
> などから安易に孫引きしていると思われるケースが目立ちます。何年か前
> に、「血友病は女性では劣性致死である」と高校で教わった人が多いこと
> を知り、なぜこんな誤解が広まったのか不思議に思い調べたところ、受験
> 参考書のほとんどのものにこのような記述がなされていることがわかり、
> 原因が判明しましたが、これは、安易な孫引きから伝染したものと推察し
> ています。

そう言えば、これを書いてきた学生もいました。
違いますとコメント書いときましたけど、受験参考書の
影響でしたか。

--
都丸 雅敏(筑波大学 生物科学系)
tomaruアットマークBIOL.tsukuba.ac.jp
305-8572 茨城県つくば市天王台1-1-1
電話 (0298)53-4909,ファクス (0298)53-6614


====================================
Date: Wed, 30 Sep 1998 20:05:01 +0900
From: Eiji Nitasaka
Subject: [Jfly] bobbed on the Y chromosome

仁田坂@九大・生物です。
私も知っていることを少し書かせていただければと思いまして...(うろ覚えで間違
っているかもしれませんが)

bb変異は自然集団とかをsurveyしていると比較的多く見つかる変異ですが、ご存じの
ようにXとY染色体におおよそ同じ225コピーあるrDNAのコピー数による変異です。タ
ンデムに並んでいるため不等交叉などで数の増減が簡単に起こってしまうため比較的
見つかりやすいというわけです。XとY染色体両方に存在するため、Xでコピー数が少
なくなってもYの正常なコピー数のrDNAによってあるていど相補(抑制)されれば変
異は検出されません。

 当初見つかったbb変異はX染色体上の変異だったので、雄ではbb+となり、そのころ
の記載が残っている(または孫引きしている)教科書では限性遺伝(sex-limited
inheritance)の例として書かれているようです。その後Ybb-も見つかって話がややこ
しくなってきたのだと思います。また教科書によってはこのような限性遺伝の例はヒ
トではほとんど知られていない..とか書いてあります。私も予備校稼業も長かったで
すが、高校の教科書では限性遺伝というと雄特異的な(Y-linked)ものに限るように教
育していたと思います。例はグッピーなどの鰭での発色に関する遺伝子を使っていま
した。

 雌(bb-)にしろ雄(Ybb-)にしろrDNAのコピー数が少ないようなバックグラウンドで
系統を維持していると上記のメカニズムでコピー数が増えた生存力の高い個体が増え
、modifierが蓄積してきたように見えます。私もあるY染色体を組み合わせた時だけ
致死になるようなX染色体上の突然変異(dvr)を調べていまして、この遺伝子がrDNAと
なんらかの相互作用をしているのではないかと考えいろいろbb変異を集めて交配実験
をしてみましたが、実際にrDNAのコピー数の増減は頻繁に起こっているようです。

 高校の生物教育、特に遺伝学分野では、歴史的なことにかなり重きを置いて教育し
ていますが、それよりも現在の分子生物学的知識と併せて最初から、何故そうなるの
かを教えるべきだと思います。そうすれば例外的なことも遺伝子から説明できるわけ
ですが、それが欠けていますから、また点をとるためにも例外は許さず、こういう分
離比になったら○○遺伝というようなただの暗記になってしまっています。メンデル
の法則も優性の法則、分離の法則、独立の法則という3法則を教えますが、外国の教
科書ではLaw of segregation(1st)とLaw of independent assortment(2nd)しかない
ようですが、どうなってるのでしょうか。


〒812-8581
福岡市東区箱崎6-10-1
九州大学理学部生物学教室細胞遺伝学講座
科学技術振興事業団、さきがけ研究21(形とはたらき)
仁田坂英二
Phone: 092-642-2616
Fax: 092-642-2645
email: enitascbアットマークmbox.nc.kyushu-u.ac.jp
web: http://www.popgen.biology.kyushu-u.ac.jp/nitasaka/mg.html


====================================
Date: Wed, 30 Sep 1998 23:06:48 +0900
From: "ITO, Kei"
Subject: [Jfly] bobbed on the Y chromosome


At 6:27 PM +0900 98.9.30, Yoshiaki FUYAMA wrote:

> で、問題の一つは、副読本や受験参考書にあると思います。教科書に比べ
> ると、内容はきわめて豊富ですが、同時に、誤りも多いようです。....

> こういう参考書の類は、専門家の目を通すこともなく、他の類似の参考書
> などから安易に孫引きしていると思われるケースが目立ちます。....

> もう一つの誤解の元と思われるものに、高校の教育現場に広まっている奇妙
> な「伝説」の数々があります。....

> こういったケースを挙げていくと、きりがないくらい出てきます。こういう
> 事態を改めていくには、現場で教育にあたっている先生方と専門家の交流を
> 広めるよう地道な努力が必要だと思います。幸い、インターネットのお蔭で、
> このような交流の場が着実に増えているので、少しずつでも改善されていく
> のではないかと期待しています。


高校教科書を見たり、塾・予備校での講師をやったりした方で、上記の
ようなおかしな例にお気づきの方は、その項目について「どういう記述・
伝説が流布しているのか」「それはどこがおかしいのか」「どう説明し
た方がよいのか」を高校の先生・生徒・塾講師にわかりやすいように解
説した文章を作って私までメールで送っていただければ、皆さんからの
contribution を1つのページにまとめ、Jfly サイトの目立つ位置にお
いて、公開することが出来ます。Jfly は理科教育関係のサイトからも
多くのリンクが張られていますし、Yahoo Japan 登録の生物系では数少
ない「メガネ付き」お勧めサイトにもなっているので、教育関係者の目
にとまる確率も高いと思います。
(ただし Yafoo や goo で「遺伝学」で検索できないのが難点ですが。)

ただ高校でも、ベテランの忙しい先生方はネットサーフィンなどあまり
なさってないでしょうから、ある程度まとまったら、再編集して教育雑
誌などに掲載してもらうよう働きかける必要も出てくるでしょうね。

私自身は遺伝学はカラっきし素人ですので、皆さんのご協力をいただけ
ると幸いです。

##
高校物理では生物ほどには露骨な誤りや伝説が流布していないようなの
は、やはり高校物理で扱うのはせいぜい 18 世紀までに分かった内容で、
最近 200 年の話はほとんど出ていないからでしょうか。

いとうκ


====================================
Subject: [Jfly] bobbed on the Y chromosome
From: Machiko HATSUMI
Date: Thu, 1 Oct 1998 10:34:08 +0900

島根大学の初見です。

>  この件に関して、私は以前からずっと言いたくてしょうがないことがあるので、一
> 言発言させていただきます。問題は、高校教育において「古典遺伝学と分子遺伝学が
> うまく関係づけられていない」ということにつきると思います。

まったく同じ意見です。

それに加えて、新カリキュラム(昨年始めてその受講生が大学に入学した)で
は、分子遺伝学は生物IIに入りました。生物IIはセンター試験にないので、地方
の高校の現場ではほとんど力を入れていないと言う話を聞きます。生物学科の受
験者は、受験のためにたいていはIIをやっていますが、生物IIで受験しなかった
ものは、DNAもよく知らないはずです。

新カリキュラムでは、理科が2教科を選択すれば良いことになったために、私の
教養の講義を受講している学生の半数近くが、生物学を高校ではやっていませ
ん。中学の理科IIの知識(といっても3年も経っているのでほとんどないに等し
い)のみ。遺伝に関しては中学3年のカリキュラムにメンデルの法則が入ってい
ますが、その教育内容は、F2で3:1に分離するという、比率を覚えるようなも
のです。減数分裂の結果としての表現型の分離など、中学では教えられていませ
ん。平成12年に週休2日が導入されると、遺伝は中学のカリキュラムから削除
されるでしょう。まあ、比率を丸暗記するような遺伝ならあってもなくてもどう
でも良いような気もしますが。

旧カリキュラム(薄っぺらではあっても3教科を履修することが建前)で、生物
学を履修しなかった学生と、新カリキュラムで生物学を履修しなかった学生では
生物学に対するイメージがまったく違っています。新聞、マスコミ等にDNAという
言葉がたくさんでてくるのに、大学での履修の仕方によっては、大学を卒業した
人間が(もちろん生物系以外の大学院修了者でも)遺伝に関しては、まったく理
解していない(ということは、遺伝という現象は神秘的という概念)ことにな
り、DNA真理教でも始めれば、かなりの信者がつくのではないかなんて思ってしま
います(もちろん冗談)。

bbとはまったく違う話ですが、研究機関等の方々に、遺伝学の教育の現状をわ
かってほしいと思いメールしました。


====================================
Date: Thu, 1 Oct 1998 15:42:55 +0900 (JST)
From: motojiroアットマークakagi.sb.gunma-u.ac.jp (Moto Yoshihara)
Subject: [Jfly] bobbed on the Y chromosome


群馬大学の吉原です。

>このあたりの解釈に不安があったのです。
>吉原さんの説明では、X染色体上のbbとY染色体上のbbは、
>同一遺伝子座ではないとしている、と読み取れました。
>したがって、同一遺伝子座の対立遺伝子ではないことになります。
>それなら、たしかに、定義から言って「抑制」とできますね。
>
>では、果たしてX染色体上のbbとY染色体上のbbは、異なる
>遺伝子座(locus)にあるのでしょうか。
>さらに、この問いは、意味があるのでしょうか(遺伝学にとって、
>とか、教育上とか)。
>DNA配列レベルで異なるのは、根拠にならない(異なるalleleとの
>根拠にはなるでしょう)ので、さて...
>Y染色体の起源まで考えないとだめだとか、うーむ。
># 文字に書いてみると、どちらでもいいような気がしないでもない。
># いずれにせよ rDNAなわけですし

abstract scienceとして発展した古典遺伝学のみで突っ走るならば、X染色体上の
bbとY染色体上のbbは、同一遺伝子座ではなく、相互作用する別の遺伝子座とする
のが適切かと思います。ただ、この裏には仁田坂さんが明快に説明してくださっ
たような実体があるわけで、結局定義の問題に行き着いて虚しい議論になってし
まうかもしれません。他にも歴史的な経緯を考えると定義の難しい概念が多々あ
り、そもそも、「遺伝子」という言葉をどう定義して説明するかはいつも学生に
説明するときに悩んでしまうことです。この言葉の問題も、学生たちに混乱をも
たらしている原因のひとつなので、学者の間でコンセンサスを作る必要があるの
ではないかと思います(私が知らないだけで実は既にあるのかもしれません
が)。


>吉原さんの「危惧される現象」というのはどういうことでしょうか? もう少し
>具体的にお聞かせいただけるとありがたいのですが。

相反するようにみえることを同時に申し上げたので、うまく伝わらなかったよう
な気がするのですが、私がいいたかったのは、一つは、歴史的経緯にふりまわさ
れているだけでどう考えても一般教養として知る必要のないこと(たとえばにわ
とりのとさか、限性遺伝もそうかもしれません)を高校で教えるべきでないとい
うことです。それより、仁田坂さんや初見さんもおっしゃるとおり、「現在の分
子生物学的知識と併せて最初から、何故そうなるのかを教えるべきだ」というこ
とだと思います。「メンデルの再発見で幕をあけた20世紀は遺伝学の世紀であっ
た」と某偉い先生が書いておられましたが、にもかかわらず、そのわりに世紀末
においてあまりにもお粗末な遺伝学教育が行われていると思うのです。

言いたかったもう一つは、その一方で、われわれ専門家のとるべきスタンスにつ
いてです。

古典遺伝学の発展(特にそこで作られた概念)をしっかりふまえた上で分子遺伝
学と止揚させることが必要であると思うのです。

例えば、一見したらわけわからない遺伝をしているニワトリのとさかのことを二
つの遺伝子座があって相互作用しているというとメンデルの法則が成り立つとい
うことがわかってきて、遺伝学が進んできたのですから、その歴史は文化として
重要であるだけでなく、研究者にとってはおおいに学ぶところのあるものなの
で、やはり専門家としての私たちは歴史的な経緯も正しく理解した上で、古典遺
伝学と分子遺伝学の両者を正しく結びつけた教育をしなければならないと考えま
す。ですから、頭ごなしに「昔のことは忘れろ」というんじゃなくて、そこのと
ころを正しく説明してあげるべきだと思ったのです。そうでないと、いろいろ勉
強して(大抵の大学の図書館の遺伝のコーナーには大抵この学生さん達があげて
いるような遺伝学の古い入門書がならんでいるのでそれを勉強したのかもしれま
せん)理解したはずの学生さんがかわいそうだと思うのです。しかも、非がある
のは学生側でなくてむしろそのような高校教育を野放しにしてきた我々学者の方
なのでしょう(もちろん布山先生をはじめ、正そうと努力された方がいるのは事
実だと思いますが)?高校の教科書にあるそれぞれの事項自体は大抵正しいこと
で(デマをつくりだしている「受験参考書」があるのも事実かも知れません
が)、ただその教え方や、何を取り上げるかがおかしいわけです。ですから、そ
の内容については私たちは良く理解しているはずなんですから、そのようなネタ
を学生が出してきたときにちゃんと深いウンチクをたれてフォローしてあげるべ
きだと思ったわけです。しかも、その古典遺伝学と分子遺伝学の橋渡しについて
一番よく理解している(はずな)のは、古典遺伝学の蓄積と分子生物学を結びつ
けて商売道具にしている私たちDrosophilistsであると思うのですよ。

遺伝学会を7年もさぼり毎日パッチ電極をあててはオシロスコープを眺めている私
が、遺伝学会の重鎮でおられる先生方にこんなことを申し上げるのは誠に僭越の
極みで心ぐるしいのですが(お気を悪くされたら本当にすみません)、一言補足
させていただきました。何か認識に誤りなどあればお叱りいただきたく存じま
す。

Motojiro Yoshihara, Ph.D.
Institute for Behavioral Sciences
Gunma University School of Medicine
Showa-machi, Maebashi, 371-8511 Japan


====================================
From: nijアットマークmbd.sphere.ne.jp
Date: Fri, 02 Oct 1998 01:20:30 +0900
Subject: [Jfly] bobbed on the Y chromosome

高校で生物を教えている一條と申します。
高校の生物教育が問題になってきたので、発言します。
まずは、各発言に対するコメントです。

ITOさん。
>件の高校の教科書って、どういう方が書かれているのでしょう?教科書
>の巻末には、必ず執筆者一覧が載っているはずですよね。

現在の高校教科書では、限性遺伝なるものは取り扱っていません。しかし、学
校で使っている啓林館の生物資料集の中にはカイコガの幼虫の斑紋の遺伝やグ
ッピーのマダラのひれの遺伝を例にして取り上げていました。監修は、太田次
郎さんです。資料集には、互助遺伝子(ニワトリとさかのバラカンマメカンク
ルミカン)、同義遺伝子(なずなのうちわ型やり型)、被覆遺伝子(観賞用カ
ボチャの色)までのっていました。

吉原さん

>そこで遺伝子の相互作用の話になります。これがひどくて、ニワトリとさ
>かのバラカンマメカンクルミカン、なずなのうちわ型やり型などがでてきてしこたま
>計算をさせられる。このへんで大抵の学生は嫌になるわけです。
  
 この内容は良くなかったと思います。何でこんなのが高校の教科書に載って
いたのか理解に苦しみます。そういう批判もあって、高校教科書からけずられ
たのでしょう。しかし、過去、教師によっては教科書の内容を無批判に教えた
り受験問題に出題することもあったのだと思います。特に、私大医学部の受験
問題ではこういう非本質的なことに関する奇問が多かったと思います。(今で
もそうかもしれません)
 大分昔のことですが、私が高校生のとき、このような遺伝の項目は本質的な
ことではないと思った(教えられた?)記憶があります。先生がよかったのだ
と思っています。

> 解決策としては、やはりDNAありきというところから初めて、遺伝子発現のことを
>説明し、productのことを具体的に示しながら、掛け合わせたときにどうなるという
>話をして、メンデルの3法則を説明するのがいちばんよいと思っています。

 ほんとはそうだと思います。しかし、そのためには高校生物の教科書を大幅
に書き変え無ければなりません。文部省が出している学習指導要領自体がおか
しいのです。遺伝学会や生物教育学会等から文部省に働きかける必要がありま
す。

布山さん

>
>で、問題の一つは、副読本や受験参考書にあると思います。教科書に比べ
>ると、内容はきわめて豊富ですが、同時に、誤りも多いようです。

 参考書は、受験に出そうなことはとりあえず何でも載せてしまえという傾向
があります。そこで、過去にどこかの大学で、ニワトリのとさかに関する入試
問題が出たりすると、いつまでたっても参考書の記述から消えないことになり
ます。私などは、「これは参考書が悪い。今どきこのような問題を入試に出す
ようなところはないし、あったとしたらろくなところではない。」と言ってい
ます。ただし、こう言っている教師は少数派でしょう。また、能力のある生徒
はある程度自分でも何が大事か判断がつきますので、私の話を理解してくれま
す。しかし、力のない生徒は高校の先生より参考書に書いてあることのほうが
信用できるのではと思って、この話を聞いても不安のようです。

布山さん。
>高校の教育現場に広まっている奇妙
>な「伝説」の数々があります。中には、「F2というのは、F1を自殖して得
>られる個体のことを言うので、ショウジョウバエの場合、F2とかF3と言う
>のは間違いである」と、我々が肝をつぶすような言い伝えも、かなり広まっ
>ているようです。

これは初めて聞きました。私の高校で使っている啓林館の教科書(太田次郎他
著)では、ショウジョウバエでもF2とかF3の記号を使っていました。
 ついでに調べてみたところ、生物学辞典では以下の様になっていました。
 雑種第一代: ある対立遺伝子のそれぞれをホモに持つ両親の交雑によって
生じる第一代目の子を言う。記号はF1。・・・・・F1以後の、自殖によってでき
る子孫はそれぞれ雑種第二代、第三代・・・・とよばれ、F2、F3・・・・の記号で表
される。
 自殖: 同じ個体に由来する生殖細胞の結合による生殖。すなわち自家受精
または自家受粉による生殖であるが、雌雄異株の植物や雌雄異体の動物でも、
同じおやからでたもの同士の交配、すなわち兄姉交配を自殖に含めることがあ
る。
 これから考えると、F2は自家受精によってできた個体をさすのだから、シ
ョウジョウバエは自家受精で子はできないのだからF2は間違いとなったので
しょう。 

>こういうことを主張する先生は、どちらかというと熱心な
>方が多いので、その影響力は甚大です。

そうかもしれません。こういうことをいう先生はお歳の経験のある方が多いの
で、そうではありませんよと説得するのに苦労するということがあります。

>私の知り合いの高校の生物の先生な
>どは、大学で、ショウジョウバエの専門家から遺伝学を教わったのに、ある
>物知りの先生から間違いだと指摘され、改めましたといっていました(*_*)

これはちょっと困りますね。人の言うことを鵜呑みにするのではなく、上記の
様に自分で生物学辞典等を調べてみればわかることですね。科学的思考に欠け
ると言われてもしょうがないのでは。大学で何を学んできたのでしょう・・・・・
。アレッ (*_*\

>
>私の都丸さんへのフォローは、「限性遺伝」と呼ぶことが間違いだという趣旨
>からではありません。「○○遺伝」と名前が付けば、それで問題が解決したか
>のように考える学生が多いこと、それは、受験勉強(受験産業といった方がい
>いかも)の弊害が大きいことを言いたかったのです。

その通りです。そして、大学入試でもこのことに関するような奇問を出さない
ようにすること、出たら批判することが必要だと思います。

まだ、述べたいこともありますが、それはまた後で。


一條信明 北海道釧路湖陵高等学校
ICHIJO Nobuaki nijアットマークmbd.sphere.ne.jp

====================================
Date: Mon, 5 Oct 1998 01:33:49 +0900
From: "ITO, Kei"
Subject: [Jfly] bobbed on the Y chromosome

さて布山さんより、アピールに答えて「伝説」のおかしい点を解説する
文章をいただいたので、web 化いたしました。

http://jfly.nibb.ac.jp/html/education.html

前文は私の適当なでっち上げ。伝説の1〜7項が布山さんの contribution で
す。ただし伝説1については、一条さんのメールから、岩波辞典の引用を加
えさせていただきました。

各項目について、内容や書き方に関する suggestion をお寄せ下さい。また
その他の伝説についての指摘文章も、お待ちしております。

このページは、まだホームページからはリンクしていません。寄せられた
suggestion に呼応した revision を行ない、また他の指摘がもういくつ
か集まったところで、リンクを張りたいと思っています。

具体的なご指摘、作文のご協力を、お願いします。

いとうκ


====================================
Date: Tue, 13 Oct 1998 23:40:18 +0900
From: "ITO, Kei"
Subject: [Jfly] bobbed on the Y chromosome

しばらくおとなしくなっていた「高校教育ネタ」ですが、

布山さんより、「高校の遺伝教育にみられる奇妙な伝説」
の誤りを指摘する文章の、改訂版をいただきました。

http://jfly.nibb.ac.jp/html/education.html

です。Jfly ホームページからもリンクして、一般にも公
開しました。

前バージョンよりずっとパワーアップしています。ぜひ
ご一読下さい。ご意見、ご感想も歓迎です。

また、その他の「伝説」の誤りを指摘する文章も、引き続
き募集しております。メールで私までお送り下さい。

いとうκ