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ハエを疾病モデルに使った研究例?


Date: Fri, 28 Jun 2002 10:26:58 +0900
From: SHIMODA Masami
Subject: [Jfly] ハエを疾病モデルに使った研究例は?

Jflyのみなさま

農業生物資源研究所の霜田(ハエ歴3年)です。
はじめて質問をさせていただきます。

最近、私たちの研究(徳島大塩見研、産総研石田グループとの共同研究)で、
ヒトの精神遅滞や睡眠障害を引き起こす脆弱Xシンドロームの病原遺伝子が、
ショウジョウバエでは生物時計の出力系で役割を担っていることをつきとめ
ました。

一般向けに公表するために準備を進めていたところ、下記の質問を受けました。

Q 医学分野(病気)でハエをモデルに使った研究例はありますか?(成果の如何を問
わず)。

これについて、どなたか情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、知恵をお貸し下
さい。

また、たいへん初歩的な質問で恐縮なのですが、
ヒトの(病気の)モデルとしてハエを使う上でのメリット、デメリット、注意すべき点
などについても、ご示唆をいただければと思います。

よろしくお願いいたします。

霜田政美
独立行政法人 農業生物資源研究所 昆虫生産工学研究グループ 遺伝子工学研究チーム


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Date: Fri, 28 Jun 2002 10:48:26 +0900
From: Hideyuki Okano
Subject: [Jfly] ハエを疾病モデルに使った研究例は?

霜田様

>
>Q 医学分野(病気)でハエをモデルに使った研究例はありますか?(成果の如何を問 わず)。
>これについて、どなたか情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、知恵をお貸し下さい。


これに関しては、特に神経変性疾患のモデルとして ハエを使う研究が
ここ数年の間多くpublishされています。 Alpha-synucleinやCAG-repeat
のハエ におけるmisexpressionによる神経変性の誘導に関する文献が多く
報告されています。

代表的総説や文献は以下のようなものがあります。

Muqit MM, Feany MB:Modelling neurodegenerative diseases in Drosophila: a
fruitful approach?
Nat Rev Neurosci 2002 Mar;3(3):237-43

Auluck PK, Chan HY, Trojanowski JQ, Lee VM, Bonini NM:Chaperone
suppression of alpha-synuclein toxicity in a Drosophila model for
Parkinson's disease. Science 2002 Feb 1;295(5556):865-8.

Giasson BI, Lee VM: Parkin and the molecular pathways of Parkinson's
disease. Neuron 2001 Sep 27;31(6):885-8.

Link CD.: Transgenic invertebrate models of age-associated
neurodegenerative diseases. Mech Ageing Dev 2001 Sep 30;122(14):1639-49.

Feany MB, Bender WW.: A Drosophila model of Parkinson's disease. Nature
2000 Mar 23;404(6776):394-8.

Steffan JS, Bodai L, Pallos J, Poelman M, McCampbell A, Apostol BL,
Kazantsev A, Schmidt E, Zhu YZ,
Greenwald M, Kurokawa R, Housman DE, Jackson GR, Marsh JL, Thompson LM.:
Histone deacetylase inhibitors arrest polyglutamine-dependent
neurodegeneration in Drosophila. Nature 2001 Oct 18;413(6857):739-43.

Jackson GR, Salecker I, Dong X, Yao X, Arnheim N, Faber PW, MacDonald ME,
Zipursky SL.: Polyglutamine-expanded human huntingtin transgenes induce
degeneration of Drosophila photoreceptor neurons. Neuron 1998
Sep;21(3):633-42.


>また、たいへん初歩的な質問で恐縮なのですが、
>ヒトの(病気の)モデルとしてハエを使う上でのメリット、デメリット、注意すべき点
>などについても、ご示唆をいただければと思います。


ハエのメリットは、勿論たとえば神経変性という現象が起きるに至るgenetic pathwayを解析
することが可能になるという点であります。これは、哺乳類モデルでは、網羅的に screening
するなどとても無理でしょう(あるいは、途方もない時間がかかります)。また、最 近の注目
すべき動向としてDrug screening(Steffan et al., 2001)や遺伝子を用いた治療法
(Auluck, 2002) の開発系としてもハエが使えるという点です。

デメリットは、特筆すべきことはありませんが、本当にこれらのハエモデルが本当に
ヒトの疾患の病態に対応しているか?病気に至る分子機構が、ヒトとハエの間で同じか
どうか?といった点について、かなり慎重に考える必要があると思います。

私の考えとしては、ハエモデルは系をうまくdesignすれば、非常に重要かつ、人類に
恩恵のある 研究になると思います。  残念なことに、この重要性に気付いている
臨床医は、我が国ではほんのわずかしかいません。臨床医の学会で素晴らしい
お話ができるよう頑張って下さい。

                     岡野@慶應

Hideyuki Okano, M.D., Ph.D.
Professor and Chairman
Department of Physiology
Keio University School of Medicine


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Date: Fri, 28 Jun 2002 11:35:47 +0900
From: Kazuhiko Kume
Subject: [Jfly] ハエを疾病モデルに使った研究例は?

熊本大学の粂と申します。

霜田様、はじめまして。質問とは別の部分ですが・・・

私は2月までRob Jackson 研におりまして、ベルギーのグループとの共同研究で同じ
遺伝子のフェノタイプを見ていました。最新号のニューロンに論文は発表しましたの
で、見て頂いたとは思いますが、同じ号に発表したペン大のグループと競争になって
しまったので、時計関係の出力は、正直言って、あわてて見ただけで、あまり詳しく
解析できていません。ペン大の方のグループは、Amita Sehgal が、時計関係の部分に
協力しているのですが、別のことでAmita と共同研究したりしているので、そちらの
ことも、多少は聞いたりできますし、私自身は、この遺伝子については、今後、続け
る予定もないのですが、何か、お役にたてることがあれば、お知らせ下さい。

熊本大学発生医学研究センター 
再建医学部門 幹細胞制御分野
 助教授 粂 和彦 


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Date: Sun, 28 Jul 2002 03:51:39 +0900
From: SHIMODA Masami
Subject: [Jfly]ハエを疾病モデルに使った研究例は?

Jflyのみなさま

農業生物資源研究所の霜田です。

今回の質問ではみなさまから有用な情報、ご意見をいただきました。
だいぶ間があいてしまいましたが、この場を借りて御礼申し上げます。
特に、慶應大の岡野先生には詳しい情報を戴き、ありがとうございました。
先生のDrug screeningの話は、私たちのfmr1ノックアウトと行動のアッセイ系
が、応用できるかどうかということで、大変関心があります。
もし、本当に、ショウジョウバエの研究が難病治療に役立つ可能性がある
のなら、それを追求するのも研究者の使命かなとも思ってます。

今回の質問では、いきなり聞き慣れない病名を出してしまい、説明が
足りなかったと思います。熊本大の粂さんからも、同じ遺伝子の研究報告の
ご指摘をいただきました。これらについて、少し、説明させていただこうと
思いますので、以下、ご興味ある方だけお読み下さい。

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研究の概略:
ヒトの脆弱X症候群の病原遺伝子が、ショウジョウバエでは生物時計の出力系で
役割を担っていることをつきとめました。

脆弱X症候群とは:
2,000〜4,000人に1人という非常に高い発症頻度で、精神遅滞(知的発達の遅れ)、
自閉症様症状、睡眠障害などを引き起こす重大な遺伝病です。精神遅滞症のなかでは
ダウン症に次ぐ発症頻度です。

発症原因は:
脆弱X症候群患者では、fmr1遺伝子上流の非翻訳領域に存在する(CGG)n配列の反復が
200〜4,000回にも増幅されており、これによって引き起こされるRNA結合タンパク質
FMR1の発現抑制が発症原因と考えられています。ハンチントン病や筋緊張性
ジストロフィーなど、3塩基対の反復配列の異常伸長によって引き起こされる
一群の遺伝病(トリプレットリピート病)の一種と考えられています。

研究結果とその意義:
ハエのfmr1欠失変異体の行動を解析したところ、活動リズムが消失していました。また、
fmr1を脳で過剰発現させると、周期が25-26時間と長くなりました。これらの結果から、
fmr1は生物リズムの形成(特に時計機構から活動リズムへの出力系)に不可欠な役割を
担っていると結論しました。脆弱X症候群患者には、睡眠障害や活動過多など、生物リズ
ムの異常が原因ではないかと推測される症状が報告されていましたが、今回、実際にこの
遺伝子を操作して、活動リズムに異常が生じることを確認し、病気と体内時計との関わり
を初めて証明することに成功しました。今後、このハエモデルを用いて病気の発症メカニ
ズムの解明が進むことを期待しています。

研究の経過:
2年ほど前、徳島大の塩見春彦研究室で、ハエのfmr1欠失変異体を作成してphenotype
の同定を進めましたが、その時点では形態異常が見つかりませんでした。そこで、行動に
変化が現れないかと塩見先生から産総研の石田直理雄研究グループに話があり、当時、
ハエのリズム解析をやっていた私のところに共同研究の依頼が来ました。geneticsは
塩見研の井上さんが確立し、行動解析等は私が担当して進めています。
熊本大の粂さんからご指摘いただいた2つの国際共同研究グループは、実は、私たちの研究
と競合していました。ノックアウトに関しては、似たような行動アッセイの結果を得ていて、
偶然、3者ともNeuronに投稿していました。私たちのグループだけのオリジナルデータも
提出したのですが、結果的には、投稿時期の少し遅れた私たちの論文だけがリジェクトされ
ました。私たちの論文は、ほぼ月遅れの形で、Curr Biolに掲載されました。
(私たちの研究グループが、たぶん一番弱小な研究グループだったと思いますが、純国産で
がんばれたことに誇りを持っています。少し余計ですが、、)
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ありがとうございました。