Jfly ディスカッション


Discussion Menu | Jfly Japanese Home Page | Jfly English Home Page

突然変異系統を研究する意義、野生型を研究する意義


Date: Tue, 22 Jul 1997 11:26:01 +0900
From: tokunagaアットマークbiol.tsukuba.ac.jp (Katsuo Furukubo-Tokunaga)
Subject: [Jfly] JDRC3_program

伊藤 啓様

JDRC Meeting でのprovocative な口演タイトル、

「ショウジョウバエ脳の解析−突然変異を使わずに何ができるか、何をするべきか−」

興味深く拝見しました。

突然変異を使わなければショウジョウバエを使用して脳研究をするメリットの大半が
失われるはずですが、それでも脊椎動物の脳のモデルとして簡便なzebrafishや、hom
ologous recombination ができるマウスではなくショウジョウバエである理由が残る
のでしょうか。私自身は8月はスイス滞在のため参加できませんが、もしよろしかっ
たら要旨を公開されませんか。

古久保 - 徳永 克男
Associate Professor
Institute of Biological Sciences
Tsukuba University
Tsukuba 305
Japan
Phone/Fax: +81 298 53 6644
e-mail: tokunagaアットマークbiol.tsukuba.ac.jp


====================================
Date: Tue, 22 Jul 1997 13:29:01 +0900 (JST)
From: itokeiアットマークfly.erato.jst.go.jp (ITO, Kei)
Subject: [Jfly] wt VS mutants (was : JDRC3_program)

を、公開討論会ですね。 (^_^)

ショウジョウバエ研究会の要旨は、整理が済んだら JDRC の web で公開される
予定だった気がします。そうでしたよね > 丸尾さん
(それとも Jfly でやるんでしたっけ?)

で、いずれにせよ要旨だと上記の点はあまり説明していないので、補足まで:

突然変異の活用は、もちろんショウジョウバエを利用する最大のメリットです。
ショウジョウバエ業界の研究者みんなが突然変異を使わない研究に走ってしまっ
たら、それはナンセンスです。

ただここで問題なのは、突然変異を解析するには、野生型に関する詳細かつ正確
な記載的知識が大前提になる、ということです。剛毛など外部形態に比べ、脳内
の詳細な構造に関する知識ははなはだ不十分です。従って突然変異系統の脳標本
を見ても、どの細胞が消滅し、どの細胞が位置・形態の変化を起こし、どの細胞
が本来ないはずなのに生じてきているのか、現状ではきちんと解析することがで
きません。この状況を何とかするために、少なくとも誰か1人でもいいから突然
変異を使わない研究を行ない、突然変異の解析に不可欠な基本的知識をショウ
ジョウバエ業界全体に提供してゆく必要がある、と考えるわけです。

突然変異を使わない記載的な解析でも、コオロギ、ヤママユガ、ゴキブリ、ミツ
バチ、イエバエなど他の昆虫の脳を使ったのでは、その知識が突然変異の解析、
ひいては遺伝子機能の解析に直結しにくいので、生物研究全体に与えるインパク
トという点では劣ってしまいます。従って、同じ手間をかけて記載するなら、ま
ずキイロショウジョウバエ、ということになります。

(註:他の節足動物脳の解析も比較進化学的には非常に重要ですが、その場合
   にもショウジョウバエでの知見があるに越したことはありません。)

ゼブラフィッシュでも、最近やっとアトラスが刊行されるなど、記載的解析の重
要性が認識されてきています。マウスも組織レベルでの記載には長い伝統があり
ます。しかしどちらも細胞レベルで脳全体を網羅的に解析するには、細胞数の点
でも構造の複雑さの点でも、現時点はちょっと手強すぎる存在です。また、異所
的発現誘導系や行動アッセイ、豊富な突然変異系統の蓄積など、突然変異を使わ
ない研究で得られた成果を応用しうる様々な面で、ゼブラフィッシュやマウスは、
少なくとも現時点ではハエにはかないません。(10年もすれば状況は全然変わ
るかもしれませんが。)また、システムの単純さという点では線虫の方がさらに
上ですが、あそこまでいくと神経系ではあっても、「脳」と呼ぶにはちょっと抵
抗があります。

基礎的知識が不十分なのにいきなり複雑なシステムに挑むと、「木を見て森を見
ず」に陥りがちです。シンプルな系をモデルにして全体を総合的に解析するとい
う「木も見て森も見る」的なアプローチを適用するには、キイロショウジョウバ
エの脳はなかなか手頃なサイズだと思っています。

いとう@えらと


====================================
Date: Wed, 23 Jul 1997 14:30:35 +0900
From: tokunagaアットマークbiol.tsukuba.ac.jp (Katsuo Furukubo-Tokunaga)
Subject: [Jfly] wt VS mutants (was : JDRC3_program)

わかりました。 要するにbrain anatomy が全体として重要だということですね。よ
くにた議論は例えばDavid Hubel と Torsten Wiesel が1960年代に哺乳類のvisual c
ortex の解析を始めた時にもされたと記憶しています(Wiesel, seminar at Basel)。
ショウジョウバエの利点をgenetics として包括的に捕えるならば、伊藤さんがお使
いになっているエンハンサートラップもFRP-Gal4もショウジョウバエの最新の遺伝学
的ツールの一部です。類似のツールは脊椎動物システムでも可能になりつつあります
が、しばらくのあいだは「ショウジョウバエ先端遺伝学(このような言葉は英語には
ありませんが)」の利点といえます。ただ、他の節足動物、とりわけgrasshopper の
脳についての解剖学的記述はショウジョウバエの発生初期の脳の解析に大きな参考と
なりました。ミツバチのキノコ体についてのBerlin のMenzelたちの解析が、ショウ
ジョウバエのキノコ体の構造理解に助けとなることは御異論ないとおもいます。ショ
ウジョウバエの脳解析から、脊椎動物を含む他の動物の脳の理解の助けとなるような
一般性のある原理を得られるかどうかがおそらく重要だと思います。

古久保 - 徳永 克男
Associate Professor
Institute of Biological Sciences
Tsukuba University
Tsukuba 305
Japan
Phone/Fax: +81 298 53 6644
e-mail: tokunagaアットマークbiol.tsukuba.ac.jp