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『ショウジョウバエ入門』

布山喜章

(東京都立大学・理学部・生物)


 ショウジョウバエという名前を聞いたことがないという人は、おそらくいないでしょう。それほど有名でありながら、これがどんな生き物であるかを知っている人は案外少ないようです。私達の身の回りにもたくさんいるにもかかわらず、あまりにも小さいためか、見たことがあるという人はさらに少なくなります。

 ショウジョウバエが、モーガンの研究室で使われ始めてから、そろそろ90年になります。当初は、遺伝学の研究に用いられ、その発展に大変貢献したショウジョウバエですが、次第にその守備範囲を広げ、現在では、発生生物学を始め、神経生物学や分子生物学など、生物学のあらゆる方面で大活躍しています。体長3ミリに満たないちっぽけな虫が、なぜ、これほどもてはやされるのでしょうか? 教科書では、世代が短いとか子供の数が多いといった特徴がその理由にあげられるのが普通ですが、このような生物はショウジョウバエに限ません。唾腺染色体やP因子のように、モーガンが予想もしなかった幸運に恵まれたこともありますが、最大の理由は、何といっても、その長い歴史の中で蓄えられてきたぼう大な数の突然変異に代表される遺伝的資源、それを活用したさまざまな遺伝的テクニックの開発、また、これらに関する情報の交換と蓄積にあります。

 こうした遺伝的資源やテクニックを活用することによって、他の生物にはとてもまねのできないような離れわざが可能です。その代表的なものをできるだけやさしく紹介し、高校の教科書でおなじみの”古典的ショウジョウバエ”と、生物学の最先端で、時代の花形として活躍するショウジョウバエの姿とのギャップを少しでも埋めたいと考えています。