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『エレガントな線虫の行動と遺伝』

森 郁恵

(九州大学・理学部・生物)


 1960年代にイギリスのシドニ−・ブレナ−という分子生物学者は、今後、動物の発生や神経系のしくみを解き明かすためには、遺伝学的な解析に適し、体細胞の数が少なく、しかもきちんとした神経系をもっている動物を研究材料にしなければならないと考え、いろいろな動物種について検討しました。最終的に、彼が到達した動物は、今、私の研究しているCaenorhabditis elegans(通称C. エレガンス)という体長わずか1mmの土壌自活性線虫でした。とはいえ、その当時、C. エレガンスについての生物学的な知識が蓄積していた訳ではありません。まず、ブレナ−自身が、8年がかりでC. エレガンスの突然変異体を多数単離し、それらの遺伝解析方法を確立しました。これをまとめた論文は、1975年に発表されました。その後、彼の後継者達も、いくつかの偉業を成し遂げました。ジョン・サルストン達は、C. エレガンスの受精卵が、どのように分裂して成虫になるかを10年がかりで観察し、1983年にC. エレガンスの959個の全細胞系譜を明らかにしました。また、ジョン・ホワイト達は、C. エレガンスの横断面の電子顕微鏡写真2万枚を15年もかけて詳細に検討し、1986年にC. エレガンスの302個の神経細胞(ニュ−ロン)の全神経回路を推定しました。さらに、最近では、ジョン・サルストンとボブ・ウォ−タ−ストンらが中心となって、C. エレガンスの全DNA配列を決定しようというプロジェクトが進んでいます。現在8割程度決定しており、1998年の末までには、終了する予定だそうです。

 現在、C. エレガンスの研究者は、これらの情報を財産として、生物学のあらゆる分野の研究を進めています。私は、神経系の機能を研究するために、C. エレガンスの行動を解析しています。今回の講演会では、C. エレガンスの行動が、いかにエレガントであり、これを研究することで、神経についてどのような事が明らかにできるかについて、お話したいと思います。