シンポジウム2

シ ン ポ ジ ウ ム 2


8月9日(木)9:00〜11:30

「生理学再び」
Organizer: 岡部正隆(遺伝研)

 ショウジョウバエの全ゲノム塩基配列が明らかとなり、このデータベースを使ってどのように研究を進めればいいか、皆さんも日々思いを巡らせているのではないでしょうか。生物個体というシステムはこのデータベースの上に成立しています。ゲノムが個体というシステムをどのように成立させているのかを明らかにすることは、ポストゲノム時代の達成目標の一つであります。それを達成するためには、ゲノムの情報と生物個体のシステムを比較すればいいのですが、ゲノム情報が机上のコンピュータの中で解析可能であるのに対し、生物個体のシステムを詳細に調べることは必ずしも容易なことではありません。現在の学生さんやポスドクの方の多くは分子生物学全盛の時代に教育を受けていることを考えますと、古くから生物個体を理解するために用いられてきた方法論((正)遺伝学、生理学、形態学など)の可能性について、必ずしも熟知されてはいないのではないかと思います。そこで今回、そのような方法論で個体というシステムの研究に携わってきた4人の先生方にお話をしていただき、そのような方法論でなにがわかるか、なにがわからないか、このような方法で研究を進めてきて、個体というシステムの中にどのような面白い現象を見つけたか、ポストゲノム時代に入ってなにを感じているかなど、個体の奥の深さと今後の展望を語っていただき、若い学生さんやポスドクの方にメッセージを送ってもらうと思います。

 
S2-1 行動、脳そして進化 − melanogasterの外側へ
山元 大輔
(早稲田大学・人間科学部)
S2-2 いきもの(なまもの?)をよく見てみよう―羽化行動と翅表皮細胞のプログラム細胞死―
木村 賢一
(北海道教育大学・岩見沢校・生物)
S2-3 微細形態学と遺伝子組み換え技術によって蛋白質の細胞内局在化の遺伝暗号を読みとる
鈴木えみ子
(東京大学医科学研究所・分子構造解析分野)
S2-4 Making Sense of Synaptic Matchmaking
Akira Chiba
(Department of Cell and Structural Biology, and Neuroscience Program, University of Illinois)
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S2-1
行動、脳そして進化 − melanogasterの外側へ
山元 大輔
(早稲田大学・人間科学部)
From melanogaster to hawaiians: Exploring brain evolution and behavioral diversity
Daisuke Yamamoto
(Waseda University School of Human Sciences)

 私はキイロショウジョウバエの性行動異常突然変異体を用いて、行動を組み立てている遺伝子及び神経ネットワークを捉えたいと考えて仕事をしてきた。雄同性愛のsatoriや永遠の処女spinster等を中心に、その原因遺伝子産物の機能を巡る研究が当研究室で進行している。もう一つ興味があるのは、行動の多様性がどのようにして生じたのか、それが種分化の契機となったかどうか、そうした進化的側面である。
 ハワイ諸島では僅か数百万年の間に千種近くのDrosophilidが分化した。その多様な種はそれぞれ実に個性的な形態と行動様式を持っている。Carsonらの調べた100以上の種の染色体バンドパターンは、単一の祖元型に数回逆位が起きたとして説明できる。そこで、昔ここに飛来した一匹の「妊娠」した雌から全種ができたとの説が提唱された。
 これらの種群で一体どんな遺伝子レベルの変化が過去に生じ、脳はそれによってどう変わり、行動の違いをつくり出したのか。そんな問題意識でERATO研究室の一部をハワイに置いた。この雲を掴むようなテーマに果敢に取り組んでくれたのは近藤康弘氏(本田技研)である。彼の活躍により、脳触角葉糸球体の性的二型が二つの系統分枝で独立に生じたこと、それも今から130万年前のモロカイ島で起こったことまで推定できた。おかげでこれまで看過されてきたmelanogasterにも性的二型を示す糸球体のあることが解り、その形成がtraを始めとする性決定遺伝子によって支配されていることが見えてきたのである。

S2-2
いきもの(なまもの?)をよく見てみよう
     ―羽化行動と翅表皮細胞のプログラム細胞死―
木村 賢一
(北海道教育大学・岩見沢校・生物)
Watch a living fly
- Eclosion behavior and programmed cell death in wing epidermal cells -
Ken-ichi Kimura
Laboratory of Biology, Hokkaido University of Education, Iwamizawa Campus

 生物の発生過程における細胞死は、古くから知られている現象である。近年、ショウジョウバエを含めたモデル生物や培養細胞などのモデル系を用いた解析から、細胞死に関連する分子、遺伝子が数多く同定され、その制御メカニズムも明らかにされてきている。しかし、個体の発生過程で起こるいろいろな細胞死が、果たしてどのような生物学的意味を持っているのか、またその細胞死がどのようなメカニズムで時期、組織特異的に進行するのかについては多くが謎のままである。ここでは、そんな細胞死の1つの例として、羽化行動に伴って起こる翅の表皮細胞の細胞死を取り上げ、機能的な翅が形成される過程における細胞死の役割を紹介する。
 ショウジョウバエは羽化直後に翅伸展運動を行ない、変態を終える。羽化直後には折りたたまれていた翅は、?心拍数の上昇、?空気ののみ込み、?腹部筋肉の収縮により、胸部体圧が上昇し、体液が翅に送りこまれることで伸展する。その後、伸展した翅は硬化し、機能的なものとなる。翅伸展に伴って、翅を形成していた表皮細胞は不要となり、細胞死を起こし除去される。翅表皮細胞においてGFPを発現するハエを作成し、標識された表皮細胞の変化を追跡した。翅表皮細胞は、およそ羽化1時間後には核膜の崩壊を起こし、翅クチクラから剥脱し、体腔内へ移動し処理される。この細胞死は、形態的には「いわゆるアポトーシス」と異なるプロセスで進行する。この細胞死にどのような遺伝が関与しているのか、また細胞死を引き起こすシグナルがどのようなものであるか、突然変異体や実験形態学的な手法で解析しつつある結果を紹介する。

S2-3
微細形態学と遺伝子組み換え技術によって蛋白質の細胞内局在化の遺伝暗号を 読みとる
鈴木えみ子
(東京大学医科学研究所・分子構造解析分野)
Uncover the genetic codes of intracellular protein targeting by the combination of fine morphology and recombinant-DNA technique.
Emiko Suzuki
(IMSUT, Dept. of Fine Morphology)

 多くの蛋白質は細胞の中でそれぞれの機能に応じて特定の場所に輸送され、特定の蛋白質と結合あるいは接触し、一連の機能システムを構成する。蛋白質に与えられたこれらの指令は遺伝子に書かれており、理論的には蛋白質の構造解析によって解読可能なはずである。しかし、現実にはプロテオームプロジェクトによってすべての蛋白質の3次元構造を明らかにするにはまだ時間がかかりそうである。一方、免疫細胞化学法や電子顕微鏡法といった微細形態学的手法は、細胞内の様々な蛋白質の分布をサブミクロンオーダーで明らかにすることができる。この技術とショウジョウバエを使った組み換え遺伝子の個体発現実験を組み合わせれば、蛋白質の細胞内配置の遺伝子指令暗号を読みとることができる。シンポジウムではこのような手法を用いて明らかになった蛋白質の細胞内局在化のしくみとその生理学的意義について、我々が取り組んでいる視細胞光情報変換系を例に解説する。ショウジョウバエ視細胞はイノシトール隣脂質代謝系や、カルシウムシグナリングといったよく知られたシグナル伝達系を使って光情報変換を行っており、ヒトやほ乳類の細胞にも当てはまるシグナル伝達系の良いモデル系と考えられている。我々のアプローチは、この系に精通する電気生理学や生化学の専門家との共同研究による総合的な解析に発展することにより、細胞機能における蛋白質のトポロジーの重要性を明らかにできた。多様な分野の専門家が交流し協力しあうことの楽しさを感じていただけたらと思っている。

S2-4
Making Sense of Synaptic Matchmaking
Akira Chiba
(Department of Cell and Structural Biology, and Neuroscience Program, University of Illinois)

Neurons go through life looking for a partner and seeking to make a connection. The sum of their synaptic partnerships is a properly wired neuronetwork capable of seeing, dancing and, at times, philosophizing. In order for cells to form a functional neuronetwork, they must be able to accurately locate and discretely communicate with one another. While dynamic cytomorphological properties of neuronal axons in these processes are well documented, equally dynamic contributions of glial (non-target) cells and muscle (target) cells have been largely overlooked. Our recent study, adopting in vivo behavioral analysis of cells within the Drosophila embryo, suggests crucial roles for both "gliopodia" and "myopodia, the microprocesses from the midline glial cells and muscle cells, respectively, during axon pathfinding and neuronetwork formation.

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