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見分けやすい津波警報の配色・色調の策定
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(NHK、日本テレビの放送用画面サンプル) |
地震が多い日本では、津波の恐れがある際に大津波警報、津波警報、津波注意報の3段階の速報がテレビを通じて放送され、避難の喚起に役立てられています。しかしこの警告放送には、1:画面の色分けが分かりづらい、2:放送局ごとに色づかいが異なる、という問題がありました。大津波警報が17年ぶりに発表された2010年2月28日のチリ地震のさい、この問題がクローズアップされました。私たちは2010年夏にいくつかの放送局からの相談を受け、これら放送局と協力しながら、なるべく多くの人に見分けやすい津波速報の配色、色調とデザインの開発に取り組みました。多数のテスト画面の作成と被験者による評価、放送局による実際の放送画面に即した動画の作成と検証を経て、2011年2月に「大津波警報:紫、津波警報:赤、津波注意報:黄色(+背景の陸地:グレー、全画面表示の際の海:濃い青)」とする最終案をまとめ、それぞれの色について推奨数値の例を作りました。
NHKおよび在京テレビキー局のあいだで実施に向けての調整が行われ、一部の放送局では2011年3月末からの運用開始を計画していました。3月11日の東北大震災の影響で多少遅延が生じましたが、最終的に5〜7月にかけて、ほとんどの在京放送局が新しい配色を用いた津波速報システムに移行しました。(追補:8月中旬をもって、在京の全放送局の対応が完了しました。)各地の放送局も、今後順次対応する予定です。
また、ここで提案するそれぞれの表示色の色調やデザイン上の工夫は、津波の場合だけでなく、その他の気象警報や一般の案内表示を分かりやすくする際にも有効です。本研究の結果を自由にご利用いただき、幅広い人に見分けやすい表示の普及に努めていただけると幸いです。
= 2011.8.20追加 = Q:どうして一番あぶない大津波警報が「紫」で、次に危ない津波警報が「赤」なのですか?
ブログやツイッター、電子掲示板などでいくつかのご意見を頂戴しています。すでに以下の文書の本文に記載してある内容も多いですが、全文を読まないと分かりづらいので、最初に簡単にまとめました。
A:たしかに、最も危ないものを一番目に付きやすい「赤」で示すのが一般的なように思われます。しかし津波の場合、「大津波警報はめったに出ない」という特殊な事情があります。ほとんどのケースでは、出るのは津波注意報と津波警報だけです。 Q:赤と紫の区別が付きにくいです。
しかし津波警報も十分に危険な災害を警告するものなので、「逃げなくては」という気を視聴者に起こさせる必要があります。大津波警報を赤にし、津波警報を紫にしてしまうと、ほとんどの場合は紫と黄色の2色の警告しか出ないことになってしまいます。このような2色の組み合わせはちょっと不自然であり、あまり効果的とはいえません。
津波警報が出ても避難する人が少ないというのが、防災上の大きな課題になっています。大津波警報が発表されるごくまれな場合だけでなく、津波警報と津波注意報しか発表されない大多数の場合にもより多くの人が適切に避難できるよう、このような色づかいにしています。(大雨などの災害警報の場合も、同じ考察ができます。)
A:赤と紫はどちらも赤みを多く含んだ色であるため、一般の色覚の人には赤とオレンジよりも違いが小さく感じられます。この問題を改善するため、紫は赤みの多い色合いでなく、少し青に寄った色合いに調整しています。赤とオレンジは、一部の人には全然区別が付きません。それに対し赤と紫は、どの人でも一応は区別ができます。少しでも多くの人に情報を的確に伝えるためには、後者の方が有効になります。
Q:紫より白の方がいいのでは?
A:赤や黄色と区別する色として、紫でなく白を使うという可能性もあって検討しました。しかし、白はテレビ画面のなかで字幕など様々な場所に使われているため、警告としてあまり目立たない危険がありました。普通の放送ではあまり見かけない色が出た方が注意を引きやすいため、紫にしています。白内障の人には白と黄色の区別が少し難しいのも、白を避けた理由のひとつです。
Q:色だけではなく、形でも区別したらどうですか?
A:そのとおりです。紫の大津波警報と赤の津波警報の差をさらに強調するため、大津波警報だけ警告のラインの線幅を他の2倍にしています。この種の表示で色だけでなく線の幅を変えるという表現法を取り入れたのは、今回が初めてです。 Q:大津波警報だけ2色のしましま模様にしたら分かりやすくないですか?
また、警告のラインの縁に輪郭線を入れて陸地や海と区別しやすくするなど、細かい工夫も施されています。
A:高解像度の地デジの画面なら、しましま模様も効果的です。しかしアナログテレビをチューナーにつなげて使っている人や、携帯のワンセグ放送では、解像度が低いために細かいしましま模様はつぶれてしまい、中間の変な色になってしまいます。画面のちらつきも出やすくなります。(ちなみに、テレビに出演するときは細かい柄模様の服装は禁物です。)以上の理由から、しましま模様の使用は避けています。
Q:陸地の白と注意報の黄色が見分けにくいのですが?
A:白と黄色はどちらも明るい色であるため、見分けにくいことがあります。そこで陸地は白でなく、少し濃いめのグレーにしています。しかしテレビの画面モードの設定によっては(たとえば「鮮やか」設定など)、色を明るく強調してしまうために細かい色の違いが見分けにくくなることがあります。 Q:どうして赤とか紫とか、画面の凡例に色名が書いてあるのですか?
放送局で設定した色調を各家庭のテレビでどのように正確に再現するかは、難しい問題です。とりあえずは「標準」「シネマ」など色の違いをよく再現できる画面モードにすると、見分けやすくなると思われます。
A:色覚のタイプによっては、色の違いは区別できても色の名前が分からない人がいます。また、一般の色覚の人のなかにも、大津波警報の色を紫に感じる人だけでなく、ピンクに感じる人もいます。災害警報では、「紫のところが一番危ないんですよ」というように、アナウンサーや視聴者同士が色名を使ったコミュニケーションを行います。その際、カギとなる色名を誰もが同じ言葉で表現して誤解なくコミュニケーションできるように、色名を表示しています。
Q:どうして東北大震災に間に合わなかったのですか?
A:チリ地震の大津波警報から1年以上の時間がありながら、多くの被害を出した東北大震災までに新しいシステムに移行することができず、申し訳なく思っています。テレビ局からの相談を受けて本格的作業にかかったのは2010年の初秋からですが、候補サンプルの作成、被験者の実験による効果の確認、実験結果を踏まえたいくつかの候補案の策定、それを踏まえた放送局内での調整と最終案の策定、全放送局の間で足並みを揃えるための相談、それぞれの放送局での最終的な画面デザインの作成などには、時間がかかります。また、津波速報などの画面はコンピューターシステムによって自動的に作成されて表示されるので、画面デザインが決まったあと、それを自動システムに組み込む作業の時間も必要です。
放送局の間で画面を統一することが決まったのは2011年の1月末、準備が間に合う放送局では最速で3月末からの運用開始を予定していました。しかし申し訳ありませんが、東北大震災には数週間の差で間に合いませんでした。また、震災後は各放送局とも震災報道に労力を集中する必要があったため、津波警報画面の改変作業は少し遅れることになりました。
ただし新システムの準備が進んでいた日本テレビ系列では、「地面などの色は従来のまま」だが「紫の線幅は他の2倍」という中間段階の津波警報画面を、東北大震災の時に実際に使用しました。(著作権法上は問題がありますが)動画サイトなどで震災当日の日本テレビ系列のニュース画像をご覧いただければ、今後の津波警報がどのようになるかのイメージがつかめます。(検索例)
地震が起こると、気象庁が震源地の位置やマグニチュードから津波の可能性を計算し、気象台の管区ごとに「大津波警報(3メートル以上)」「津波警報(1〜2メートル程度)」「津波注意報(0.5メートル程度)」の3段階の速報を発します。テレビ局では、この情報を日本地図の上に分かりやすく表示して放送します。ほとんどの地震では津波注意報と津波警報しか発表されませんが、2010年2月28日のチリ地震では17年ぶりに大津波警報が発表されました。発表地域が全国にわたり、しかも長時間にわたって発表状態が続いたため、津波速報画面の表示が視聴者の高い関心を呼びました。津波速報の画面表示の色が分かりにくいという指摘も、視聴者から放送局に寄せられました。
私たちの研究室と NPO 法人 CUDO では、人間の色認知の原理にもとづいて多様な色覚に対して分かりやすい色づかいを考える研究を以前から行っています。2010年の夏に、日本放送協会(NHK)と日本テレビ放送網(NTV)から津波速報画面の改善の方法について相談を受け、この問題の検討を始めました。
1:なぜ津波速報では色づかいが統一されていなかったか?
「警報」と「注意」の2段階の警告を色で表示する場合、「警報:赤」「注意:黄色」の使い分けが広く用いられています。信号機もそうなっていますし、大雨、波浪、洪水などの気象警報もこのように色分けされています。
これに対し、津波速報では3段階の警告があります。警告に3つの段階がある場合にそれをどのように色分けして示すかについては、一般的なコンセンサスがありません。ふつう3色の色分けでよく用いられるのは「赤・黄・青」「赤・黄・緑」の組み合わせですが、青や緑は「安全である」という意味合いがあるため、警告に用いるには不適当です。このため、津波に関しては各放送局ごとに独自の工夫をしていました。その結果、
大津波警報 | 津 波 警 報 | 津波注意報 | |||
赤 | オレンジ | 黄 | |||
オレンジ | 赤 | 黄 | |||
赤 | 紫 | 黄 | |||
紫 | 赤 | 黄 | |||
赤 | +白 | オレンジ | 黄 |
のように、6つある在京キー局(=全国のテレビ局系列)が5通りもの色づかいに分かれるという混沌とした状況になっていました。これを整理すると、
いわゆる色弱(色覚異常)の人(日本人男性の300万人、女性の15万人程度)や、緑内障など網膜の疾患を持つ人(数十万人、男女差なし)、白内障の人(150万人程度、男女差なし)は、色によっては違いを区別しづらいことがあります。このような人たちが津波警報などテレビの警告画面に感じる見分けにくさには、3つの側面があります。順に説明します。
2段階の警告しかない場合の「赤・黄」については、ほとんどの色覚の人が十分に区別できます。しかし、色弱の人の約2/3を占めるD型(2型)色覚の人は、赤〜黄色の範囲の色が似たような明るさの類似の色合いに感じられることがあります。そのため、赤と黄色の2色だけならばよいのですが、赤・オレンジ・黄色の3色になると、赤とオレンジ、オレンジと黄色の違いが分かりにくくなってしまいます。
津波などの気象警報は、必ず地図の上に表示されます。そのため、「警告同士の色だけでなく、警告の色と背景の色の見分けやすさ」についても配慮する必要があります。
地図の陸地は、茶色や緑色系の色で表示されるのが一般的です。しかし色弱の人には、明るい色調の茶色や緑は黄色と、また暗い色調の場合には赤色と、見分けにくく感じられるという特徴があります。そのため、海岸部に表示される赤や黄色の津波警告表示が、陸地の色と紛れてしまって分かりにくいという問題が生じます。特に、陸奥湾、東京湾、瀬戸内海などの内海部では陸地と海が複雑に入り組んでいるため、警報や注意報が出ているのかどうか分かりにくいという問題が生じます。
また、白内障の人は白と黄色が見分けにくくなります。そのため、もし地図の背景が白や明るい色だった場合、黄色い表示がどこに出ているか分かりにくいという問題が生じます。
色の見分けやすさは、微妙な色調の違いによっても変化します。色弱の約1/3を占めるP型(1型)の色覚の人は、真っ赤な色が暗く沈んで見えるという特徴があるため、警告を見落とす可能性があります。そのため、このような人にも明るく感じられるような、少しオレンジに寄った赤色にする必要があります。
白内障の人は、明るい黄色が白と見分けにくくなるため、黄色であることをはっきり示すには少し暗め(濃いめ)の色にする必要があります。
また紫は、青みが強すぎるとP型(1型)の色弱の人が青と誤認しやすくなります。逆に赤みが強すぎると、一般の色覚の人には赤との差が小さく感じられ、D型(2型)の色弱の人にはグレーと誤認しやすくなります。
3:見分けやすい配色の策定
最初に、大津波警報・津波警報・津波注意報の3段階の警告をどの色で表すかを検討しました。すでに記したように、赤・オレンジ・黄色の3色による表示では、D型(2型)の色弱の人が赤とオレンジ、オレンジと黄色の区別が難しいという問題があります。従って、この3色の組み合わせは避ける必要があります。
また、緑〜青系の色は「安全である」という意味合いを持つため、警告表示に使うには不適当です。
警告表示に使えるような原色系の色の中で、残っているのは紫かピンクです。しかしピンクは紫よりも彩度が低く、人によっては赤色と似たイメージを持ちます。また、ピンクには必ずしも「危険を喚起する色」というイメージはありません。一方、紫は日本工業規格(JIS 安全色)で放射能の警告表示に使われているように、赤や黄色とは多少異なるものの、危険というイメージを持っています。そのため、警告に用いる有力な候補になります。
危険の段階を3つに色分けしている例に、救急医療の際の「トリアージ」があります。トリアージでは治療を要する負傷者が殺到した場合に、黒・赤・黄・緑の4色の紙で処置のレベルを指示します。これにならって、赤と黄に加えて「黒」を危険表示に用いるのも有力な方法です。しかし、トリアージでは白い紙の上に黒が印刷されているので黒色が分かりやすく視認できるのですが、テレビの画面では黒は必ずしも目立つ色ではありません。そのためトリアージの場合と異なり、テレビ放送では黒を警告表示に使うのはあまり分かりやすいとは言えません。
テレビ画面のように背景が白でなく、少し暗めの色調が来ることが多い状況では、黒のかわりに白を警告表示に使うことも考えられます。しかし、画面上では白は字幕テロップや時刻表示などさまざまな場所に使われており、地図のなかに白い部分があっても必ずしも目立ちません。また、降雨情報などでは白は「弱い雨」を示すのに使われる場合もあり、赤や黄色と比べ、弱い警告であるという誤解を与えてしまう危険もあります。
警告表示に使えるような原色系の色の中で、残っているのは紫かピンクです。しかしピンクは紫よりも彩度が低く、人によっては赤色と似たイメージを持ちます。また、ピンクには必ずしも「危険を喚起する色」というイメージはありません。一方、紫は日本工業規格(JIS 安全色)で放射能の警告表示に使われているように、赤や黄色とは多少異なるものの、「危険」や「不気味」というイメージを持っています。そのため、警告に用いる有力な候補になります。(ただし、「ピンク」という言葉がカバーする色調の範囲は非常に広く、警告に使われるような明るい紫も人によってはピンクと形容することもあります。)
結局、もし警告を3つの色で区別するのであれば、紫・赤・黄の3色を使うのがもっとも効果的であると結論づけられます。
もうひとつの方法として、大津波警報を2色の組み合わせで表示する方法が考えられます。赤色を使って警報であることを示した上に、さらに別の色を加えることで「大津波」であることを示すやり方です。実際にこれまで使用されてきた2色表示の方法は、沿岸部に赤いラインを表示し、その外側にさらに白いラインを表示するというものです。そこで、上記の「紫・赤・黄」に加えて、「赤白・赤・黄」でさまざまな色調のテスト画像を作り、さまざまな色覚の被験者に見てもらって見分けやすさの評価実験を行いました。
その結果、「赤白・赤・黄」の見分けやすさは、「紫・赤・黄」とほぼ同等だが、ずっと見分けやすいというほどの差はありませんでした。一方、いくつかの課題も見いだされました。
ひとつは、沖合側に表示された白いラインが「特に強い警告」を示すことが直感的に分かりにくいと感じる人がいたことです。白いラインを並列に表示するより、赤と白の斜線などにした方が分かりやすいという意見もありました。実際、印刷物の地図やグラフでは、斜線などの網掛け模様を使って塗り分けを分かりやすくする工夫がよく行われます。しかし印刷物と違って、テレビ放送は解像度があまり高くありません。デジタル放送で解像度が増したといっても、地デジチューナーを介して従来のアナログ受像器でテレビを見ている人がまだ少なくないことや、携帯電話でのワンセグ放送の小画面での受信を考えると、細かい網掛け模様は1色に融けあってしまい、かえって分かりにくくなってしまいます。
もうひとつの問題は、内海部では両側に海岸線があるため、赤いラインの沖合側に白いラインを表示するスペースがなかったり、向かい合う海岸のどちらの岸が大津波警報で、どちらの岸が津波警報であるのかが分かりにくかったりすることです。地震の計算機シミュレーションでは内海部に大津波警報が出る可能性は少ないという予測が得られていますが、万一の場合にきちんと表示できるように用意しておく必要があります。
最後に実用上の問題として、放送局によっては津波速報の画面を作るシステムに2色の組み合わせを表示する機能がないことがあるという問題があります。地方放送局では新しいシステムを導入するだけの資金・時間的余裕がないところも予想されるため、全国のすべての放送局で一律に採用するためには、既存のシステムの小改造で対応できることが望ましいわけです。
以上のような考慮から、2色の組み合わせによる表示でなく、単色を使った表示を提案することになりました。
他の気象警報との共通性を考えると、津波注意報は他の注意報と同様に黄色で示すのがいちばん混乱がないと思われます。実際、これまでもすべての放送局が津波注意報を黄色で表示していました。
これに対し、大津波警報と津波警報のどちらを赤、どちらを紫で表示するかは難しい問題です。これまでこれらの警報表示に赤と紫を使っていた放送局でも、どちらを何色にするかは局によって対応が異なっていました。
ここで考える必要があるのは、大津波警報はめったに発表されることはなく、ほとんどの場合は津波警報と津波注意報の2種類しか発表されないということです。以前から、津波警報が発表されても実際に避難する人が非常に少ないという問題が指摘されています。(たとえば東北大震災でも、三重県では全域に津波警報が発表されていたにもかかわらず、避難した住民はわずか0.69%で問題になりました。)実際に発表される機会が圧倒的に多い津波警報の際に十分な警告効果を出すためには、警報と注意報を「紫と黄色」の組み合わせでなく、他の気象警報と同じように「赤と黄色」の組み合わせで表示されるべきだと考えられます。そこで、津波警報を赤、大津波警報を紫で表示するよう提案することになりました。
一方、もっとも危険であり、もっとも避難を喚起すべき大津波警報を、十分に「危険である」というイメージで伝えることも大変重要です。紫色の表示が「あまり怖くない」という意味に受け取られてしまうと困ります。上で議論した「赤と白の2重線」による大津波警報の表示には、「大津波警報は津波警報の2倍のライン幅で太く表示される」という視覚的メリットがありました。太いラインは、それだけ重要な警告を意味します。この効果を活かすため、大津波警報は「他の2倍の太さのライン」で表示するよう推奨することにしました。
紫色には、赤に比べると「危険を示す色」としての認知度が低いという問題があります。赤や黄色に警告・注意というイメージがあるのは、その色自体が持つ本質的な特質によるわけではなく、社会がこの2色を警告・注意として広く使ってきたために個々人がその意味合いを学習してきた結果です。紫色も、危険を示す表示にもっと幅広く使うことができれば、警告としての認知度がさらに上がることが期待できます。実際、危険を知らせる情報を2段階でなく3段階で表す例は、津波以外でも増えつつあります。たとえば大雨では、大雨注意報、大雨警報に加え、記録的な豪雨が振る場合に「記録的短時間大雨情報」が発表されます。このような大津波警報よりも頻繁に発表される警戒情報についても 紫・赤・黄 の3色で表示することができれば、津波の場合にもより円滑な情報伝達が可能になることでしょう。
2bで述べたように、陸地は茶色系や緑系の色で表示されることが多いのですが、これらの色は視聴者によっては赤や緑と紛らわしく感じられます。また、色分けされた警報に加えて背景の陸地をさらに別の色で表示すると、すべてに色がついてしまっているためにかえって警報の部分が目立たなくなります。警報の表示を目立たせるためには、警報以外の部分には色がついてない方が効果的です。そのため、陸地はグレーで表示するよう提案することになりました。
津波の警告表示は、2つの方法でテレビ画面に表示されます。
ひとつは、通常のテレビ放送の画面の上に重ねて(スーパーインポーズして)表示する場合です。この場合、海の部分は色をつけずに透明で、下の画面が透けて表示されます。そのとき放送されている番組に応じて、背景の色はさまざまに変化します。雪景色やスタジオが映っている場合には明るい色、山や海、夜間の風景が映っている場合には暗い色になります。警報の色がどのような背景画面でもはっきり見えるためには、背景が少し暗くなっていることが望まれます。そこでスーパーインポーズの画面では、警告表示のまわりの画面を、周囲の画面よりも少し暗く表示するように陰をつけることが効果的です。
もうひとつは、ニュースやデータ放送で地図を全画面に表示する場合です。この場合、海は青色など「水」をイメージさせる色で表示されるのが一般的です。上で示したように、さまざまな背景色の見本を作って被験者実験を行った結果、海の色はグレーよりも青の方が陸地との差が明確になって分かりやすい一方、明るい青だと黄色や紫が見えづらくなることがあるので、暗めの青がよいことが分かりました。
4:見分けやすい色調の策定
2cで議論したように、色の見分けやすさは色調によっても大きく変化します。そこで、前掲の図に示したように色覚の理論に従って系統的に色調を調整しながら多数のテスト画面を作成し、被験者による評価実験を行って、推奨する色調を検討しました。
テレビの画面では、赤・緑・青(R, G, B)の3つの色の強度で色を指定します。基準となる色を決めるため、カラーキャリブレーション機構を備えたコンピューターモニターを使い、放送局の色表示規格にあわせた画面で色を策定しました。さらに、さまざまな画面表示状況での見分けやすさを確認するため、インターネットを通じて画面表示設定の異なる各被験者の家庭のパソコンで画面を表示してもらい、見分けやすさの調査を行いました。
デジタル画面では、紫色の表示に R, G, B = (255, 0, 255) (いわゆるマゼンタ) の指定値がよく用いられます。これよりも赤に寄った色調だと、一般の色覚の人には赤との差が小さく感じられ、津波警報との区別が目立ちにくくなります。またD型(2型)の色弱の人には、陸地のグレーと誤認しやすくなります。一方、青みが強すぎると、P型(1型)の色弱の人には青と誤認しやすくなり、全画面表示の際に海の青との区別が難しくなります。海の青との分離を重視し、紫色であることを分かりやすくするには、一般的な R, G, B = (255, 0, 255) で構いませんが、赤やグレーとの区別が最もつきやすいのは、少し青みに寄せた R, G, B = (200, 0, 255) 付近の色調でした。
赤色の表示には R, G, B = (255, 0, 0) の指定値がよく用いられます。しかしP型(1型)の色弱では、このような真っ赤な色が暗く沈んで見えるという問題があります。そのため、少しオレンジ色に寄った赤色にしないと、警告表示であることがうまく伝わりません。しかし、あまりオレンジに寄りすぎると、「危険」というイメージが薄くなってしまいます。色弱の人には明るめに見え、一般の色覚の人にも危険信号の赤と感じられる値として、R, G, B = (255, 40, 0) がよいと分かりました。
黄色の表示には R, G, B = (255, 255, 0) の指定値がよく用いられます。しかしこの黄色は非常に明るい色であるため、白内障の人には白と見分けにくくなります。そこで白内障の人にも白との区別がつきやすい暗めの色にして、なおかつその他の色覚の人にも鮮やかな黄色に感じられる色として、R, G, B = (250, 245, 0) がよいと分かりました。
地図で陸地と海を表示するには、「陸地=明るめ、海=暗め」と「陸地=暗め、海=明るめ」の2つの方法があります。両方のパターンのテスト画面をいくつも作成し、比較したところ、赤や紫の警報が明るく目立つためには、海が暗く、陸地が明るい方がよいという評価が得られました。テレビ放送の画面にスーパーインポーズする際は、背景(海の部分)は暗めになる場合が多いので、全画面表示とスーパーインポーズ表示で同じ色調を使うためにも、陸地が明るい方が好都合です。
しかし、陸地の色を明るくしすぎると、黄色との明度差が小さくなり、白内障の人には区別が難しくなってしまいます。そこで、黄色と十分に明度差を確保した R, G, B = (166, 166, 166) 付近のグレーが分かりやすいと分かりました。もう少し明るく R, G, B = (213, 213, 217) などにした方が、スーパーインポーズ画面での陸地の形は分かりやすくなりますが、そのかわり内海部での津波注意報の黄色が若干分かりにくくなります。
また、陸地の上に表示する県境の線や地形の凹凸の陰影には、色を使わずグレーの濃淡を使うことが望まれます。
全画面表示では背景の海を青色で表示します。青はなるべく暗くした方が、赤や紫の警報が明るく目立つようになります。しかし全画面を非常に暗い青で表示すると、視聴者によっては見づらいと感じることもあります。また、全画面表示の前後にはニューススタジオの映像が来ることが多くなりますが、切り替わりの際に画面の明るさがあまり大きく変わりすぎると、目に負担が生じます。少なくとも R, G, B = (26, 56, 156) よりも暗い値であることが必要です。
以上をまとめると、以下のようになります。
(註:上記の値はあくまで推奨参考例で、実際の値は各放送局の画面デザイン方針によって多少変化します。)
警報画面を見やすくするには、色以外の配慮も重要です。
以上のような考察結果をもとに、放送局サイドで実際の放送用システムを用いたサンプル動画をいくつか作成し、さまざまな背景での見え方の比較検証を行い、最終的な色調とデザインを作成しました。並行して、日本放送協会および民放各社、日本民間放送連盟(民放連)で意見交換が行われ、従来まちまちだった表示を全局で同じ色調にすることになりました。線の色については、3段階の警告を紫・赤・黄色にすることになりました。さらに、大津波警報のライン幅を2倍にする、陸地と警告ラインの間に輪郭線を入れる、色名を表示するなどの工夫も、放送局のシステムによって対応に差はありますが導入されています。
放送局によっては3月末から新しいデザインの津波速報システムの運用を計画していましたが、その前に3月11日の東北大震災が起こってしまいました。震災後の報道対応のためシステム導入には若干遅延が生じましたが、在京キー局では日本テレビ(5/15)、TBS(5/23)、テレビ朝日(6/6)、テレビ東京(6/20)、NHK(7/15)、フジテレビ(8/18)と、全局が対応を完了しました。各地の放送局も、順次対応作業を進めるとのことです。
色の見え方、感じ方は、視細胞の状態による影響以外に個人の体験や好みによる影響もあって、さまざまです。被験者実験でも、どのような配色・色調がいちばん見やすいかについては個人差もありました。最終的に選ばれた上記の配色・色調は、全ての人にとって一番満足できるものだとは必ずしも限りません。一部の人には大変見やすいが他の一部の人には大変に見づらいと感じられるようなものでなく、見分けづらいと不便を感じる人が一番少ないような配色・色調を選んだといえます。
本稿で紹介した配色と色調は、津波に限らず3段階の警告表示があるようなものには幅広く適用できます。また、赤と黄色の色調の微調整と、背景の地図に緑や茶色でなくグレーを用いるというデザインは、各種の気象警報など2段階の警告表示の図においても広く利用できます。本研究の結果を自由にご利用いただき、幅広い人に見分けやすい表示の普及に努めていただけると幸いです。
本稿ではテレビ放送画面の警報の見分けやすさ向上の試みを紹介しましたが、目が見えない人にとっては音声による情報提供が死活的に重要です。また、津波の前の大地震によって広範囲な停電が起こる可能性が高く、大津波の来襲が予想される地域では停電のためにテレビが見られない、しかも携帯基地局の被災によりワンセグ放送も受信できないという状況に陥ることが十分に考えられます。このような場合も、ラジオ等を通じた音声による情報提供が非常に大切です。この点で大きな問題になるのが、アナログ放送の終了に伴い、従来は NHK などのテレビ放送(1〜3チャンネル)が普通の FM ラジオで受信できたのが、今後は受信できなくなってしまったことです。FM ラジオには AM よりもノイズが少なく聞き取りやすいというメリットがあるため、緊急時の防災放送において FM 放送局が十分な情報提供を行うことが、今後は今まで以上に重要になります。
8:テレビメーカー各社へのお願い
本研究で浮上した大きな課題に、「放送局で指定した微妙な色調を、各家庭のテレビで正確に再現するための規格がない」という問題があります。このため、情報提供画面の色をいくら見やすいように配慮して調整しても、各家庭でそれらがどのように表示されるかは全く分かりません。
放送局では、NTSC, ARIB などの業界団体が策定した厳密な色規格に基づいて調整したマスターテレビモニターを使って、放送画面の色調をコントロールしています。アナログ放送の時代には、各家庭のテレビ画面の色はアナログ部品の調子や、設定つまみの位置によって大きく変わってしまい、放送局の画面の色合いに合わせることは事実上不可能でした。デジタル放送にかわり、色の再現性は以前より向上しました。しかしそれでも、テレビ画面の色合いはメーカーや製品によって大きく異なっています。
液晶やプラズマテレビでは、「あざやか」「シネマ」など画面モードを切り替える機能がついています。しかし「スタンダード」などの標準モードにしても、その色調やコントラストは各メーカーごとに独自に味付けしたものであり、放送局のモニターの画面とは異なります。機種によっては200万円以上するような放送局の業務用モニターとなるべく近い色を家庭用テレビで再現するにはコストがかかる一方、本来のテレビ画面は幅広い色を再現するために中庸な色調とコントラストになっているので、オリジナルに忠実な画面は、ある意味でたいして特徴のない、見栄えのしないものになってしまいます。そのためテレビの商品としての付加価値の訴求という点では、このような機能は重視されてきませんでした。
しかし、見やすさに配慮して慎重に作成した画面を各家庭で同じように見られるようにするためには、メーカーや機種を問わず放送局のオリジナル画面になるべく忠実な色再現をする「忠実モード」の必要性は、いくら強調しても強調しすぎることはありません。このような機能は、バリアフリーの観点のみならず、テレビショッピングなどの番組で商品の色合いをなるべく忠実に伝えることで、色に関するクレームや返品を減らす目的などにも有効です。そこで、各テレビメーカーにおかれましては、家庭用テレビに許されるコストと品質管理基準の範囲内で放送局の画面になるべく忠実な色再現をする「忠実モード」の規格を策定し、製品に取り入れていただくよう要望いたします。
同様の問題は、パソコンやスマートフォン、携帯電話サイトなどでインターネットを通じて情報を提供する場合にも起きています。ネットを介した画像表示では sRGB という規格が事実上の標準になっていますが、一般向けに販売されているパソコンや携帯電話、プリンターには、この規格で指定した色を忠実に再現する機能や画面モードがほとんど搭載されていません。ネットを通じて送られる情報が正確に伝わるよう、パソコン、携帯電話、プリンター等のメーカー各社におかれましては、民生用機器が許すコストと品質管理基準の範囲内で sRGB 規格の色指定をなるべく厳密かつ忠実に再現する「sRGB忠実モード」の規格を策定し、製品に取り入れていただくよう要望いたします。(カラーユニバーサルデザイン配色セットにおける「デジタル機器メーカーへの要望」の欄も合わせてご覧下さい。)
おわりに
感覚情報の処理について日ごろから研究している神経科学者は、国民の安全や暮らしやすさに大きな影響を及ぼす分かりやすい情報提供のあり方について、本来さまざまな知見を持っています。しかし科学者自身の無関心もあって、このような知見が実際の情報提供媒体のデザインに活かされることは従来ほとんどありませんでした。また、異なる放送メディアが表示デザインの調整を行うことも、従来はほとんどありませんでした。今回はチリ地震の大津波警報を契機として、大学の研究室とNPOが仲に入ることによって改善案の提案と放送局間の調整の機運をつくることができ、貴重な機会を得られたことを大変うれしく思っています。
しかし、大津波警報がひとたび出され、それが現実化した場合にどのような惨害が生じるかを、私たちはつい最近体験したばかりです。犠牲になられた方のご冥福と、被害に遭われた方の一日も早い復興をお祈りするとともに、逆説的ではありますが、今回工夫された新しい津波速報の画面が視聴者の皆さんの目に触れることがないように願っています。
(追補:新聞報道の直後に、早々に注意報だけですが新しい速報画面が稼働する事態となってしまいました。縁起でもないことで、大変申し訳ありません。)